経営者の知恵を後継者に残すことで100年企業の基礎を築きませんか

「暗」を「明」に転じるのはリーダーの仕事

当世ビジネス芯話

当世ビジネス芯話  ■編集人 宇野 秀史

新型コロナウイルス感染拡大は、日本だけでなく世界経済に甚大な被害を与えている。
感染による身体的な影響に加えて、感染防止のための様々な行動制限が人々の暮らしを窮屈にし、経済を停滞させた。
営業ができずに赤字に転落、あるいは廃業する企業や店舗も増えている。
ワクチンの開発が進み、収束にむけたわずかな光も見えてはきた。
しかし、ウイルスという目に見えない脅威は、いまだ大きな心理的負担を我々に与えている。
これから、どうやって事業や生活を立て直していくか、その方針を示すことが経営者の重要な役割であるといえる。

組織には勢いが必要である。
特に、危機に直面した時、組織全体が不安感に襲われていては、十分な力を発揮できない。こういうとき、組織のメンバーはトップの背中を見つめているものである。
トップが不安におびえていないか、勝つ自信を持っているか、そうしたことを敏感に察知する。部下が自信を無くし、不安を感じるなど組織の士気が停滞しているときは、トップとして自信のある態度で、明るく振る舞うことが大事だといえる。

1573(元亀3)年、静岡県の三方ヶ原町付近で武田信玄と徳川家康が激突した、いわゆる「三方ヶ原の戦い」で家康は大敗した。天下統一を目指す織田信長を封じ込めるため、15代将軍・足利義昭の呼びかけに呼応した戦国武将たちの中に信玄がいた。
信玄は総勢3万の軍を率いて西進するため、家康の領内を進軍する。一方、徳川方の兵力は1万5000程度。家臣は浜松城に籠城することを進言していたが、若い家康はそれを押し切って家康を攻めたが大敗して浜松城に逃げ帰った。

しかし、家康のすごさはここからだった。
城に帰ると城門を開け放ち、かがり火を炊かせた。城門を開け放つのは自軍の兵を収容する目的もあるが、武田軍から追撃される危険度が高まる。敗走した徳川方の兵士は自信を失っている。家康は城門を開け、かがり火を炊くことでまだまだ戦う意志と力があることを内外に示した。
一説によると、家康は高いびきをかいて寝てしまったともいわれる。兵士たちの動揺はおさまり自信を持ち始める。
一方、武田軍は堂々と開け放たれた城門に戸惑いを覚え、追撃しづらい。結局、武田軍は追撃を諦めた。
家康は負けを引きずることなく、自分の態度で場内の雰囲気をプラスに転じ、危機を乗り越えた。

企業経営でも失敗した時に落ち込むことなく、次の成功のための方策を打ち出していくことは、社内の雰囲気を明るくし組織に勢いをつけることになるだろう。
コロナ禍で社会の空気が重い時だからこそ、トップか醸し出す雰囲気は影響を与えるものだ。
こういう時期だからこそ、トップには自信に満ちた明るい態度が求められるだろう。

当世ビジネス芯話  Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.114(2020年12月号)

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プロフィール

宇野 秀史(うの ひでふみ) 
ビス・ナビ編集人

昭和40年5月生まれ、熊本県出身。熊本県立第二高校、京都産業大学経営学部卒。出版社勤務を経て、独立。2017年7月、月刊ビジネス情報誌「Bis・Navi(ビス・ナビ)」を創刊。株式会社ビジネス・コミュニケーション代表取締役。歴史の知恵、偉人や経営者が残した知恵を綴る。また、経営者の知恵を後継者に伝える、知恵の伝承にも取り組む。

著書:『トップの資質』(梓書院、共著)、『田中吉政』(梓書院、解説)

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