社長の知恵 ■コミュニケーション力アップ
威厳は威圧では生まれない
トップの威厳は威圧では生まれません。不遜な態度を取ったり、言葉や力で自分よりも弱い立場の者を抑えつけたりするような人が威厳のある人だと勘違いしている方が多いように感じます。そのような態度をとり続けることは、トップとしての器の小ささや自信のなさを表すことになるのではないでしょうか。
最近は、ハラスメントに対して世の中が厳しい目でみるようになったので、少しはこういう言動を慎むべきだと考えるトップも増えてきているようです。
それでも、組織をまとめるトップには威厳が必要であるとは思います。そこで、偉人達がトップの威厳といういものをどのように考え、行動していたのかをご紹介します。
愛情を持つこと、そして、ルールを守ること
関ヶ原の戦いで家康率いる東軍を勝利に導いた功労者・黒田長政は、トップの威厳について以下のように語っています。「大将たる者は威厳というものがなくては、万人をおさえていくことはできぬ。しかし、わざとわが身に威厳をこしらえて下々の者を押さえつけようとすれば、かえって大害(たいがい)がある。それは、ただ人びとに恐れられるような振舞いをするのを威厳と心得、家老にあっても、いたけだかに、なんでもないことに目をいからし、言葉も押しつけるように言いまぎらし、わがままを振舞えば、家老も諫言などいわず、自然と身をひくようになるものである。(略)このように高慢で、人をないがしろにするから、臣下万民も主人をうとみ、その結果、必ず家を失い、国も亡びるものであるから、よくよく心得ねばならぬ。真の威厳というのは、まず、その身の行儀を正しくし、理非賞罰を明らかにすべきである。そうすれば、強いて人を叱り(しかり)おどさなくとも、臣下万民敬い恐れて、上を侮り(あなどり)軽んずる者もなく、自然と威厳が備わるものである」(「武士の家訓」より)。
長政は、トップとして規律を守る大切さを説いています。よく、ルールを創るのも、それを最初に破るのもトップであると言われますね。
トップはこういうところで襟を正さなければならないということでしょう。
命を預けてもよいと思わせることができますか?
部下との接し方についてはどうでしょうか。
戦国武将の朝倉教景は、兄の朝倉氏景について次のように語っています。「兄のお人柄は、まことに傑出しておられ、我々には知り難いことも多くあったが、なによりも丁寧な態度によって国政を行なわれたということを、老臣たちがいっていた。侍たちに対しては、いうまでもなく、百姓町人などに対しても礼を尽くした手紙を出され、その宛名書きも、彼らが身にあまる名誉と思うよう丁寧にお書きになったので、人びとはすべて身命を捧げて、お味方となったということである」。
豊臣秀吉が天下を狙える武将と認めた蒲生氏郷も、日頃から家臣を大事にしていたといわれます。
戦国時代は戦いに明け暮れた時代でした。それゆえ、武将たちは「この人になら命を預けても良い」と家臣が思うような関係を築く必要がありました。
戦国時代の「忠」の考え方は、江戸時代から続いてきた上司に尽くす「忠」とは違っていたうようです。自分の生き方や価値観に合わない上司にはさっさと見切りをつけて他の上司を探すことを当たり前のように繰り返していました。
ですから、権威だけで押さえつけては、家臣たちの心をつかむことはできなかったのではないでしょうか。
我々日本人の価値観も変化しました。戦後の復興から高度成長期は、会社の成長と家庭の繁栄がリンクしていました。定年まで会社に忠義を尽くすというのが、一般的な考え方だったと思います。
しかし、バブルが崩壊し、企業の寿命が短くなり、非正規雇用が普及したことで、働く人たちの企業への忠誠心はかなり低下しました。
このような時代にトップが組織をまとめる威厳を保つには、自ら襟を正し、愛情をもって部下に接し、そして、誰が正しいかではなく何が正しいかを守ることだと言えます。
➤経営に生かすポイント
<プロフィール>
宇野 秀史(うの ひでふみ) ビス・ナビ編集人
昭和40年5月生まれ、熊本県出身。熊本県立第二高校、京都産業大学経営学部卒。出版社勤務を経て独立。2017年7月、月刊ビジネス情報誌「Bis・Navi(ビス・ナビ)」を創刊。株式会社ビジネス・コミュニケーション代表取締役。歴史の知恵、偉人や経営者が残した知恵を綴る。また、経営者の知恵を後継者に伝える、知恵の伝承にも取り組む。
著書:『トップの資質』(梓書院、共著)、『田中吉政』(梓書院、解説)、『田中の田中による田中のための本』
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