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藻場の厄介者が高級ウニに変身! 地域振興と環境保全を同時成立させるビジネス

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Trend&News ■株式会社大分うにファーム

大分県のベンチャー企業、株式会社大分うにファーム(大分県国東市、栗林正秀社長)は、空ウニを買い取り育てる陸上畜養の商業化に成功した。ウニといえば、和食に欠かせない高級食材である。陸上での畜養と聞くとウニを増やすための事業だと思いがちだが、実際は逆だった。同社のビジネスは、ウニの畜養事業を通して新しい価値を創造するだけにとどまらず、海の生態系を守り地域振興と環境保全をも実現するための挑戦だった。

栗林正秀 社長

高級食材が厄介者?

ウニの陸上畜養(畜養:稚魚や痩せた魚から育てる飼育法。養殖:卵から孵化させる飼育法)は、大分県の東部に位置する国東半島の港町で行われている。港に設置された畜養場の水槽ではたくさんの紫ウニが育っている。畜養しているのは、身が入っていないため、そのままでは商品価値のない「磯焼けウニ(空ウニ)」といわれるものだ。「宝の水槽」に見えるが、このウニたちは磯の生態系を壊す厄介者として駆除(間引き)されたものだという事実に衝撃を受けた。
同社は、空ウニを漁師から買い取り、自社の陸上畜養場で水質、温度、餌を管理し育てる。すると、身がスカスカで商品価値のなかった空ウニが、わずか二カ月ほどで身の詰まった高級ウニに生まれ変わる。

ウニの畜養は、いろいろな機関や施設で行われているが、特筆すべきは大分うにファームが、環境保全と関係者の経済的な利益の確保を両立する、持続可能な仕組みを提供していることだ。増えすぎたウニを間引くことで、海藻の成長を助け、サザエやアワビ、小魚が住むことのできる藻場をよみがえらせる。育てたウニは、「豊後の磯守」のブランドで料亭や寿司店、旅館などに販売している。
先進的なのは、使用した海水を循環させて何度でも利用できる「閉鎖循環システム」を構築していることだ。水槽内の海水は、不純物などをろ過、UV照射による殺菌などを行い浄化したものである。

また、経済的に持続可能な仕組みも構築している。増えすぎたウニを藻場から間引くことで、漁師は収入を得る。商品価値の無かったウニを商品に育て販売することで新たなマーケットを創造することができる。マーケットが広がれば雇用も生まれる。地域の所得が増え雇用が生まれれば、自治体の税収も増える。結果として、社会保障サービスも充実する。活気のあった頃の港町の風景が、返ってくる可能性も見えてくる。

さらに言えば、将来の地球環境にも貢献する。地球温暖化対策として、各国が二酸化炭素の削減を重要な課題に掲げている。そのための有効な手段として森林の保護が謳われているが、同じように海の二酸化炭素吸収力の大きさにも注目すべきだろう。地球上の二酸化炭素の実に2/3は海に取り込まれており、海藻だけでも熱帯雨林の5.4倍の二酸化炭素吸着能力を有するという。藻場を守ることは、地球温暖化対策にもなるといえるわけだ。
漁師、販売者、地域、そして将来の地球環境が恩恵を受けるビジネスモデルだといえる。三方良しではなく、四方良しの優れたビジネスモデルである。

藻場がなくなりウニしかいなくなった磯。世界の海で同じような現象が
起きている。

磯から魚がいなくなる

栗林氏がウニの陸上畜養を始める動機になったのは、海で魚が獲れなくなり、地域の漁業が衰退する現実を目の当たりにしたことだった。国内では数十年前から、海外では1960年代から貝類や魚の餌である海藻が減少、或いは海藻や海草が茂る藻場(もば)が消滅し、磯から魚がいなくなる現象が多発、世界規模の環境問題となっている。岩場に生息する海藻がなくなり砂漠化したものを「磯焼け」といい、国も「水産多面的発揮対策事業」として補助金を支給するなどして対策を講じているが、抜本的な解決には至っていない。

海藻の減少による砂漠化と磯焼けは、ウニの個体数と関係がある。国内の海岸沿いの海では、カジメやクロメ、シバメなどの海藻類が岩場に生息しており、サザエやアワビ、小魚の住み家や産卵場所となっている。こうした豊かな藻場には、豊かな生態系も保たれる。藻場が「海のゆりかご」と言われる所以だ。
ウニは食欲が旺盛で、これらコンブ科の海藻を好んで食べる。さらに、繁殖力も強い。地球温暖化による海水温の上昇は、ウニの活動と繁殖を活発にする。そのため、以前にも増してウニが海藻類を食べる量は増える。こうして需要と供給のバランスが崩れ、海藻が食べつくされると磯が砂漠化していく。海藻が無くなると、そこを住み家にする小魚やアワビなどが姿を消す。不毛の地となった岩場には、ウニだけが大量にうごめく異様な光景が広がる。こうした現象が、世界の海で起きているのだ。

餌が無くなれば、ウニの数も減ると思われるだろうが、ウニは繁殖力だけなく生命力も強い。餌がほとんどない状態でも長期間生き続ける。海藻が新しく生えても、すぐにウニによって食べつくされることになるため、藻場の回復は望めない。
砂漠化が進むと魚がいなくなり、地元の漁師は漁ができなくなる。それなら、増えたウニを獲ればよいと思われるが、食べる物がない飢餓状態のウニは身もやせ細り、味も悪い。とても商品にはならない。

畜養なら計画的な生産が可能

ウニの大量発生は、藻場に悪影響を与えることを地元の漁師は知っている。しかし、商品価値のないウニを獲っても収入にはならない。ただでさえ、魚が減って苦しい状況に置かれている漁師に厄介者を間引く(駆除する)余裕はない。

こうした問題に正面から向き合ったのが栗林氏である。漁師の家に生まれたが、成長するに従って港が衰退していく様子を見ていた。漁業だけでは生活するのが難しいと聞かされてもいた。そのため栗林氏は、漁師にならずに別の仕事に就き、24歳で建設土木会社を立ち上げた。しかし、故郷の町に活気がなくなっていくのを見て、何とかできないかと自問自答を繰り返す。そこで、「これまでの漁業は、獲れるか獲れないか分からない状況で、魚を追いかけていたため収入が安定しなかった。それなら、計画的に生産できる養殖を手がければ活路が見いだせるのではないか」と考え、カキの海面養殖に乗り出した。

陸上畜養場内の水槽(写真上)。ここで2ヶ月程育てると、
商品として出荷できるようになる。

失敗の連続

カキの養殖を初めてはみたものの、まったく上手くいかない。ヒントを求めて東北や広島など、カキ養殖が盛んな地域を訪れた。その中で、なぜ地元でカキ養殖が難しいのか理解できた。自分たちの港は、瀬戸内海などに比べると棚が浅い。カキを養殖できる量が少ないため大きな投資をしても回収できない。さらに、台風の多さや高水温などもカキ養殖を難しくしている。
普通なら、ここで他の事業を模索するだろうが、栗林氏は違った。日本と同じやり方をしていてもだめだと考え、オーストラリア、アメリカ、ヨーロッパを訪れ、カキ養殖を学んだ。その中で、海外市場でも通用するカキの生産に取り組み、試行錯誤を繰り返しながら、オリジナルブランド「弁天オイスター」を創り上げた。弁天オイスターは、国内でも品質を高く評価されるブランドに成長した。

カキの養殖を実現したことで、当初の目的は果たせたと思った。しかし、ウニノミクス社との出会いが、新たな挑戦へと栗林氏を駆り立てた。カキ養殖事業を展開するなか、2017年、ウニ畜養の技術を持ち、世界中の海で磯焼けウニ対策を目的に陸上畜養を研究するウニノミクス社の武田ブライアン剛社長と出会い、同社の理念や取り組みを聞き、共感を覚える。「それまでは、自分たちの生活を良くするための活動だった。しかし、ウニノミクス社との出会いによって、自分たちの海を良くしながら、地域を活性化することができる考えと技術があることに感動し、これはやるしかないと思った」(栗林氏)。
すぐに準備に入り、その年の六月には事業に着手していた。とはいえ、空ウニの陸上畜養と商業化は、ウニノミクス社が提携している海外の企業や研究機関によって試験、研究は成功したいたが、商業規模には至っていなかった。後発の栗林氏が事業化するには、ハードルが高すぎると思われた。

当初、ノルウェーのウニノミクス本社とメールや国際電話でやり取りしながら、同社が提携している海外の研究機関や施設、企業などの知見をもとに研究を始めた。アトランティックサーモンの陸上養殖を商業化している水産先進国のノルウェーやオランダから技術者を招き指導も受けた。環境に負荷をかけないよう海水をろ過し、何度も利用できる閉鎖循環システムの中でウニの陸上畜養を行い、食材として市場に供給する商業化を実現しようという試みである。事はそう簡単ではない。「1年目は1トンぐらいウニを殺してしまった」と失敗続きの当時を振り返る。
試行錯誤を繰り返して、2018年には約二カ月でしっかり身の入ったウニが育つようになった。ウニノミクスと共同研究を行っている海外の機関や施設としては、初めて商業化に成功したのだ。

成功の背景には、ウニノミクス社の世界規模のネットワークがあった。各国の企業や大学と同時並行して研究している事例の成功や失敗を、短時間で共有することができた。「着手して五年で今のレベルに達したのは、こうした共同研究体制が整っているから。当社だけの力では到底たどり着けなかった」と振り返る。ワールドワイドに同じ意志や情報を持つ人とつながることの有効性を感じたという。手ごたえを感じた栗林氏は翌年、ウニノミクス社と共同で大分うにファームを設立した。

空ウニは、身が入っていないため商品にならない。殻を割っても
しばらく生きているほど生命力が強い。
水槽で2ヶ月ほど育てたウニ「豊後の磯守」は、ぎっしりと身が詰まって
いる。これが、空ウニだったとは想像できないほどの変化である。

「豊後の磯守」ブランドで 年間13トン生産

ウニの消費の大半は、日本と和食文化が浸透している地域に限られる。日本人の舌を満足させる味を出せなければ、市場にも受け入れられない。
ウニの旨味は、餌によって決まる。同社が使用するのは、ウニノミクス社が開発したウニ畜養専用飼料。旨味成分と栄養が凝縮されたこの独自の飼料により、身の詰まった美味しいウニとなる。原料として使用するのは、持続可能な方法で収穫される食用昆布の端材を主原料として活用し、昆布の旨味成分と栄養が凝縮したウニ畜養専用飼料。ホルモン剤、抗生物質、遺伝子組み換え素材、保存料、など一切使っていない。

2019年のスタート時は、1トンの水槽を18基設置したが、今では84基の水槽を設置し、年間約13トンを生産できるまでに事業規模を拡大した。現在、「豊後の磯守」というブランドで、国内の寿司店や旅館などに卸し、国外では台湾輸出するまでになった。「今後は、サスティナブルな活動を広く知ってもらえるよう、さらに販路拡大を図っていきたい」と目を細める。

大分うにファームは、これまでボランティアたった空ウニの駆除を
収入を得ることができる仕事に変えた。

同社に次いで、山口県の老舗水産会社が手がける最大規模の施設もこのほど完成、稼働を始める。この2拠点の実績をもってウニノミクス社も磯焼けに困っている地域での事業展開を加速させたい考えだ。
「1年半以上やってきて、漁師の方々や行政の理解も得られるようになってきた。今後は、この仕組みが自分たちのエリアだけでなく他のエリアのモデルになり得る、かつ、安定的に発展が見込める仕組みを創り上げていきたい」と次のステップをイメージしている。

新しい価値を創り出すのは、失敗や批判を恐れずに「旗」を立てる人だ。環境問題だけでなく、経済格差、差別、争いなど将来のために解決しなければならないことは山積している。それを解決するのは、我々大人の責任である。
栗林氏と大分うにファームは、子供たちが地域で暮らしていける考え方や仕組みづくり、地球のために我々にできることを示してくれている。今後の挑戦を見守るとともに、後に続く起業家の出現を期待したい。

会社概要

会社名  株式会社 大分うにファーム
住所   大分県国東市国東町富来浦2744-12
創業   2017年4月
設立   2019年3月
代表   栗林 正秀
資本金  71,145,000円
事業内容 ウニの畜養、販売
URL   https://www.oita-uni-farm.co.jp/

Books  Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.138(2022年12月号)

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