経営者の知恵を後継者に残すことで100年企業の基礎を築きませんか

デフレを抜け出すためには企業経営者の意識変革が必要

Trend&News 福岡大学経済学部教授 木下敏之 氏

欧米先進国はじめ諸外国が経済成長を果たすなか、日本はいまだにデフレ経済から脱却できない。大企業と一部の業界の好調ぶりが伝えられることもあるが、多くの中小零細企業が苦しい経営を強いられているのが現実である。人口減少により日本全体の市場が縮小し続けている状況では、競争はますます激化し中小企業が業績を回復するのは容易なことではない。企業の努力が報われる環境をつくるには何が必要なのか。日本と福岡が抱える問題と中小企業の進むべき方向について、九州経済論やベンチャー支援などに取り組む福岡大学経済学部教授の木下敏之氏に話を聞いた。

「借金は悪」の思い込みがデフレ脱却の障壁

―コロナ感染問題の影響で、多くの企業が厳しい経営環境に置かれています。今回のコロナ感染防止に伴う企業活動の自粛は、長引くデフレから抜け出せずに苦しむ中小企業に追い打ちをかけました。木下教授は、農林水産省を経て佐賀市長を二期務められた経験をお持ちですし、現在は福岡大学の教授として九州経済論やベンチャー企業育成などにも取り組まれています。官民それぞれを経験された立場から見られて、これから中小企業が立ち直るためには何が必要だと考えますか。
木下
日本でなかなかベンチャーが生まれないといわれますが、そもそもデフレの時期にベンチャーが育つのは非常に厳しいといえます。ではなぜ、デフレがこれほどまでに長く続いているのか。それは、企業経営者が企業経営の延長で国家財政を見て、「借金は悪だ」とか「これ以上借金が膨らんだら日本は潰れる」と思い込んでいることが、デフレを抜け出せない大きな壁になっているのです。

―企業経営者のそうした思い込みがどのように作用しているのですか。
木下
こうした空気が続いているのは、財務省にも責任があると思いますが、企業経営者の国の借金は悪だという根強い思い込みが拡大財政への転換にブレーキをかける1つの要因だといえます。

―このまま国の借金が増え続ければ、日本の財政は破綻すると思っている人は、私も含め多いはずです。
木下
年齢が上になるほど「日本政府は借金しすぎだから、このままだとつぶれる」と信じている方が多く、この思いが変わらない限り日本はずっとデフレ下で経済が縮んでいきますよ。
企業が、設備投資や運転資金を借り入れで調達することは一般的です。一般の方は、家や車を買う際にローンを組みます。これと同じように、国も借金をするのは当たり前なのです。
そもそも、国債発行が足りないから今のようなデフレ状態が続いているのです。拡大財政をしても問題ないことを企業経営者が理解していないために、自分で自分の首を絞めていることに気づくべきです。

―企業経営者が拒んでいるということは、国民の大半がそう思っているということですね。
木下
企業グループが子会社も含めた連結決算をつくるように、政府の財務状態も日本銀行など子会社まで含めた連結のバランスシートで見るとわかります。財務省はホームページに「政府統合バランスシート」を載せており、それを見ると日本は財政危機ではないということがわかります。マスコミも借金の額の大きさばかりを指摘しますが、日本政府はそれに見合う資産も持っています。こういうことを知らずに借金は悪だと企業経営者が思い込んでいると、いつまでたってもデフレから抜け出すことができないでしょう。
また、経済学で「政府が国債を発行すると一般に流通しているお金を吸い上げて金利が上がる」と教えられましたが、それも間違いです。

自国通貨での国債発行であれば大丈夫

―日本の国債は、その大半を日本国内で保有されているので大丈夫だという意見もあります。
木下
安全性を見る場合、国内での保有率以上に国債が自国通貨で発行されているのか、ドル建てなど自国通貨以外で発行されているのかが重要です。ドル建てとなるとドルを調達しなければならなくなりますから。日本の国債は円建てですから、政府が国債を発行すれば返済できます。外国人が持っても、それほど心配する必要はありません。

―借金を借金で返すことになり、さらに借金が膨らみませんか。
木下
その心配は、お金の出来る仕組みを理解すれば解決します。例えば、企業が銀行に100万円の融資を申し込んだとします。銀行が承諾してシステムに100万円を入力すれば、企業の預金口座に100万円が振り込まれます。銀行の窓口で100万円の現金を受け取り、それを自社の預金口座に預けるわけではありませんよね。
つまり、銀行の担当者が端末で100万円と入力すると、その瞬間にゼロから100万円が生まれるわけです。簡単にいうと、これがお金のできる仕組みです。国内で流通している通貨は、全体の一割程度で大部分がデジタルマネーです。
銀行は皆さんから集めたお金を貸すところだと教えられてきましたが、それも間違いです。それは、イングランド銀行のホームページでも否定されています。昔は万年筆マネーとも言っていました。小切手に万年筆で100万円と書くと、その瞬間にお金が生まれると。

空港の国際機能強化は九州経済活性化に必須

―企業活動を活発化するためには、デフレから抜け出す必要がある。そのためには、日本国の財政状態やお金のできる仕組みを理解する必要があるというわけですね。次に、地場企業が基盤とする福岡市の課題については、どのように見ておられますか。
木下
福岡市は他の地方都市と比べると発展しているイメージがあります。マスコミもそのように報じています。しかし、福岡市は約四割の世帯が年収300万円以下ですし、1人当たりGDPは増えていないのが現実です。それなのに、福岡市は地方都市最強だというイメージを持たれている。これには違和感を覚えます。特に、ここ二年はコロナの影響でサービス産業が大きく落ち込みましたから、福岡市のGDPもかなり落ち込んでいるはずです。

福岡市は人が動くことで発展してきた都市ですから、国際空港機能の低下も重大な問題です。福岡空港は以前から容量オーバーを指摘され、移転が検討されました。結局、滑走路を1本増やすことで対応したわけですが、着陸容量は1.3倍増にとどまりました。一方、沖縄は、4000メートル級の滑走路を2本つくり、24時間体制を実現しました。羽田も24時間体制を採り国際空港としての機能強化を図りました。成田は3本目の滑走路をつくっています。

インバウンドが再開したら、福岡空港で増やした2本目の滑走路分ぐらいはすぐに埋まるでしょう。福岡に降りたいけど、一杯で降りられないという事態になる。そうなると、あふれた分が関空か沖縄に流れます。インバウンドを受け入れられなければ、福岡だけでなく九州全体の産業にとって大きな損失となります。観光関連をはじめ様々な産業が売上を逃がす結果となるでしょう。他の空港が機能強化を実現したことで、福岡の地位は相対的に下がっています。国際的な地位の回復を図ためには、空港をどうするかという話をする必要があります。

私は佐賀空港に新幹線を入れるか北九州空港に新幹線を乗り入れ、どちらかを24時間空港として3000メートル級の滑走路を持たない限り九州の地盤沈下は止まらないといっていますが、県庁も動きませんし福岡県側も佐賀県に対してアクションを起こさない。このままでいくと、佐賀県が国に押し切られて長崎新幹線は在来線のままでフル規格化して、佐賀空港は活用できず。そして、大分まで新幹線を入れようという話はまったく盛り上がらないでしょう。福岡空港の利用時間延長の話も、福岡県庁からは出てきません。
このままでは、人口減少とインバウンドの取りこぼしなどで、中小企業の皆さんがどんなに頑張っても全体のパイは小さくなります。小さくなったパイの奪い合いで、競争はさらに激化することになるわけです。全体のパイを大きくする具体的な施策を実行しなければ、福岡の中小企業も大きくなれません。

生まれる子供が減り続ける町

福岡市が抱える問題の中で私が最も危惧しているのは、出生者数が減少し続けているという現実です。九州には270程の自治体がありますが、福岡市の合計特殊出生率は九州で最低です。それでも、福岡市は活気があって若者が多い町だというイメージを持たれるのは、出生率の非常に高い九州各県から大学が多い福岡に若者が集まってくるからです。しかし、福岡市の実態は子供が生まれない町なのです。
特に、コロナ禍で生まれてくる子供の数がかなり落ち込んでいます。おそらく、2021年は80万人を割り込み、過去40年間で一番子供が生まれなかった年になるかもしれません。全国的な傾向ではありますが、福岡はその傾向がより強いといえます。
この80万人を割り込むのは、2030年の予測値でした。それがコロナで10年も早まったことになります。若者の出会いの場がなくなってしまったのも影響しています。これも企業経営者の多くが気付いていない。出生数の減少は、将来の顧客を減らすことになりますから、コロナ以上にこちらの方がよほど深刻な問題だと思います。

 

文系シニア問題とビジネスチャンス

少子化と併せて危惧しているのは高齢化の問題です。福岡市は年間1万人も人口が増えていますが、人口の構成比をみると約77%は65歳以上が占めています。2070年ぐらいまで65歳以上人口が増え続けると予測されており、高齢化に歯止めがかかりません。他の町では、高齢者数が減少に転じているところもあります。そういう町の課題は若者の維持、増加だけですが、福岡市は高齢化と少子化のダブルで課題を抱えているのです。

―問題があれば、それを解決するビジネスも生まれる可能性はありますね。
木下
福岡には本社機能が集積していますから文系の働き手が多く、これからサラリーマンを定年退職した文系シニアが大量発生します。しかし、文系シニアの仕事は少ないのが現実です。文系シニアが定年後に企業で仕事をする場合は、企業が求める知識や技術をもっていることが望ましいわけです。定年退職後も仕事ができるよう、再教育に対するニーズが高まるはずですから、そこに企業にとってのビジネスチャンスがあるでしょう。この文系シニア問題を放置していると、福岡市は近い将来、非常に深刻な問題を抱える町になると考えています。

高齢者向けの商品開発やサービス提供にも中小企業が参入できるチャンスはあります。高齢者が欲しいと感じる商品やサービスを開発、提供できる企業にとってはチャンスでしょうね。たくさんあると思います。例えば、介護に携わる方や自宅で介護をしている方など、現場の声にもヒントがあるはずです。

―具体的な事例としては、どのようなものがありますか。
木下
コロナ禍で皆さんマスクをつけるようになりました。その中で、口の動きが分からないので表情が読みづらいというユーザーの声を受けたユニ・チャームは、口元が透明なマスクを開発しました。
高齢者向け商品やサービスの開発には、ユーザーとなるシニアを活用するのも有効です。例えば、尿漏れパッドは、若者よりも実際に尿漏れで困っているシニア層でなければなかなか発想がわきません。介護食もこれからさらに改善が求められる分野ですから、中小企業も参入できるはずです。

私が今、関心を持っているものの一つに、とろみのついた飲料の自動販売機があります。これが案外増えています。それから、パナソニックが発売した介護調理器具のような市場も今後拡大が見込まれます。これから世界全体が高齢化していきますから、介護関連の商品やサービスは世界規模のマーケットになりうる可能性を持っています。

海外にチャレンジする企業が少ない

私も日本企業の海外進出をお手伝いしています。海外は今、日本ブームです。日本人の多くは知らないようですが、錦鯉や盆栽、おかきなども人気です。ヨーロッパは第2次ラーメンブームです。日本人の家には、池がなくなったので錦鯉を飼う人も減ってしまいました。盆栽もかなりのブームが起きていますし、日本食もまたブームになっています。ヨーロッパのスーパーでは、日本食や寿司のコーナーがあるそうです。ところが、日本食に欠かせない醤油メーカーでヨーロッパに進出している日本企業はキッコーマン一社だけです。2社目が出ない。

―日本食ブームのヨーロッパであれば魅力的な市場に思えますが、進出しない理由はどのようなことでしょうか。
木下
ある程度大きな投資も必要ですから、そこまでの企業体力がないところが多いというのが大きな理由のようですが、チャレンジしようとする企業が少ないのが現実のようでもあります。技術者が高齢化して、海外に出すだけの余力がないという企業もありました。
低価格帯の醤油は中国やベトナム製が多く、日本企業が海外展開に2の足を踏んでいる間に中国などの国々が低価格の日本食などを提供し始めました。大変ではありますが、チャンスはたくさんあると思います。

先ほども触れましたが、この25年のデフレは企業努力だけではどうしようもない問題を含んでいます。デフレを抜け出せたら、ずいぶんと経営も楽になるはずですし、ベンチャーも育つ環境が整います。
しかし、デフレを抜け出せない理由は、皆さんが財政再建は正しいと思っているからです。企業経営者の皆さんが政治に対してどのようにかかわるかは非常に大事なことですから、もっと政治に関心を持ち、関わっていただきたいですね。

プロフィール

木下 敏之 氏  福岡大学経済学部教授
佐賀県出身、1960年2月12日生まれ。東京大学法学部卒業後、農林水産省に入省。農林水産省農林水産技術会議総務課総括課長補佐などを経て、1999年佐賀市長選挙に出馬し初当、市長を2期務める。2012年4月、福岡大学経済学部産業経済学科教授に着任、現職。研究分野は経営学。著書に『日本を二流IT国家にしないための十四カ条』(2006年、日経BP社)『なぜ、改革は必ず失敗するのか』(2008年、WAVE出版)、『脱藩官僚 霞ヶ関に宣戦布告』(2008年、朝日新聞出版)がある。



Trend&News  Navi(ビス・ナビ)Vol.128(2022年2月号)

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