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地域文化の醸成・発展は経済を押し上げる力となる

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Trend&News シップス株式会社

人間に人としての格があるように、町(都市)にも格がある。その一つの基準になるのが、文化度であろう。文化は、地域の中で育まれたモノづくりや芸能、芸術など、ある種固有のものだと考える。文化度が上がれば地域の魅力も高まり、人が集まり経済も豊かになる。文化は役所が育てる物ではない。その中心的役割を果たすのは、商人である。福岡市中央区で広告代理業を営むシップス株式会社(北村義弘社長)は、福岡の伝統芸能文化を守り、広める活動を続けている。

北村義弘社長

琵琶・書・演劇を融合

―2023年8月25日から3日間、大濠公園内の日本庭園茶会館にて開催された伝統芸能×イマーシブ演劇「耳なし芳一」を拝見しました。耳なし芳一といえば琵琶の演奏を連想しますが、今回は琵琶と書、演劇映像を融合させたスタイルでの上演でした。新しい試みだと感じましたが、今回の企画に至った経緯から聞かせてください。
北村 
長く仕事を通じて伝統文化に関わってきたこともあり、地方の伝統文化を知ってもらえるような機会をつくれないかと考えていました。きっかけは、今回の舞台に出演していただいた書家の悠杏(ゆあん)さんと話をしているなかで生まれたものです。悠杏さんから、「耳なし芳一という作品は物語の中で人の体にお経を書く場面があるが、実際に書いたことはないので、興味がある。面白いのではないか」と投げかけられました。

悠杏さんの発案を受けて、我々もリサーチしてみると、40代から上の世代の人たちは知っている人の割合が高いのに対し、若い人、子供たちでの認知度は思いの外低い。「耳なし芳一」は日本の怪談を代表する作品であるにもかかわらず、若者における認知度の低さには驚きました。日本の伝統的な話ですから、是非、知って欲しいという思いから「耳なし芳一」の上演を決めました。
「耳なし芳一」であれば当然、琵琶だということで、筑前琵琶奏者の寺田蝶美さんに、琵琶と書のコラボを提案したところ二つ返事で引き受けてくださった。

―いつ頃の話ですか。
北村
2021年7月頃ですので、2年以上前になります。ここまで話が進んだ段階で会場探しを始めました。今回の企画は、「没入型演劇」「体験型演劇」と言われるイマーシブ演劇で行いたいと考えていましたので、一般的な劇場やホールではなく、和の雰囲気のあるお寺を候補に上げました。しかし、お寺や関係者に相談してみると、主旨にはご理解いただけるのですが、行事の多さにくわえて世界水泳の開催やインバウンドの再開などで参拝客が増え、非常に忙しい時期と重なるため会場の提供が難しい。

結果として、大濠公園の日本庭園内にある茶会館を借りることができましたので、なんとか開催のめどが立ちました。昨年の秋頃、あるお茶会で南方流の先生とお会いした際に事情を話すと、茶会館の方を紹介してくださったのです。茶会館は雰囲気も「耳なし芳一」の舞台としてはうってつけです。

その先生に茶会館に連れて行ってもらい相談すると、すぐに使用許可をいただきました。茶会館は元々、お茶会などで利用される施設のため、利用するのは茶道関係の方が多いのですが、茶道関係以外の人にも広く利用して欲しいとの考えを持たれていましたので、今回の提案は茶会館にとっても認知度を上げる機会になると受け入れられたようです。茶会館は、特別協力という形でご支援いただきました。

会場となった大濠公園日本庭園

新しいスタイルの表現に挑戦

―プログラムの内容はどのようにして決まったのですか。
北村
琵琶と書のコラボは決まったのですが、これをどういう形で表現するかということが問題でした。そこで、悠杏さんの知り合いの役者さんに、いろいろと話をうかがいながら、皆さんが知っている「耳なし芳一」に異なるストーリーを加えて、書と琵琶も絡めた形で構成するという今回の全体像が見えてきました。

―イマーシブ演劇という新しいスタイルを目指したこともあり、会場の使い方も工夫されていましたね。
北村
メインストーリーである「耳なし芳一」の前に3つの物語を展開しました。昼の部と夜の部の1日2回公演の形を取りましたが、3つの物語は昼と夜で異なる内容を上演しました。それぞれの物語に合わせて部屋を変え、お客様には部屋を回遊していただくことで、没入型の効果を演出できるよう工夫しました。

―観客の反応は。
北村
概ね好評価はいただけたと思います。改善点など、ありがたいご指摘も多数いただきました。ご指摘のほとんどは前向きな批評で、次につなげて欲しいというような意味合いのものが多かったと感じています。
例えば、上演する2つの部屋は襖で仕切られているので、隣の音が聞こえることがありますが、それについての賛否が分かれました。隣の音が聞こえてきて集中できないという方もいらっしゃれば、隣の音も含めて演出の1つだと捉える方もいらっしゃいました。音がうるさいと感じる人がいるとは思っていたので、ある程度想定内の反応ではありました。
それから、お客様は我々が期待する通りには動いてもらえないということが、実際にやってみて分かりました。上演する会場にお客様が移動するというスタイルは馴染みがありませんから、戸惑いを覚えた方もいらっしゃると思います。

また、1人当たりのスペースが少し狭いと感じられたかもしれません。これも、我々の没入型の演劇の1つであるという意図でもありますが、お客様が不満に感じる可能性もあります。こうした改善、あるいは、工夫する点が見えましたので、次回以降の企画に生かしたいと思います。

演劇と筑前琵琶、書、プロジェクションマッピングの融合が観客を魅了した

異なる文化の融合から新しい魅力が生まれる

―今回の企画では、どのような収穫がありましたか。
北村
今回は演劇の演者だけでなく、筑前琵琶の奏者、書家の揮毫、プロジェクションマッピングなどで、伝統と新しい表現の融合を目指しましたが、それぞれの考え方を共有しながらバランスをとるのが難しかったところです。例えば、全体の演出は演劇の演出家が担当しましたから、どうしても役者寄りになってしまう。役者もいつもと違うという戸惑いを覚える。しかし、実際に稽古場に筑前琵琶奏者の寺田さんに来てもらって、琵琶を弾きながら芝居が進行すると皆、生の筑前琵琶の演奏に感動します。書家の悠杏さんによる般若心経を揮毫する場面を直に見ると圧倒されます。そえぞれの良さを引き出し、相乗効果を高めるための調整は非常に苦心したところですが、異なる世界の芸能文化が交わることで生じる、新しい魅力を発見することができたというのが一番の収穫かもしれません。表現の幅と可能性が広がりました。

また、今回は入場料金を前売りで5,000円、当日6,000円に設定したのですが、最初に5,000円を提案した際、みんなから「高くで人が来ない」と反対されました。それで、「5,000円払っても、来た人が喜んでくれる作品を我々が提供すれば良い」と説得しました。今回は、演劇だけではなく、琵琶も書もプロジェクションマッピングもある。5,000円の価値は十分にあると考えていました。
5,000円が高いと見送ったお方もいらっしゃると思いますが、ふたを開けてみると、かなりの席が埋まりましたから、5,000円を払ってもお客様は観に来てくださるということが証明できました。このことは、役者はじめ携わった皆さんにとって大きな自信となり、意識も変わったのではないかと感じました。

―劇中、書家さんが屏風に般若心経を書かれましたね。その作品を講演終了後、写真に収める人が多かったように思いました。
北村
書家のファンも来られていました。芝居のファンの方の多くは、琵琶の生演奏や書のライブパフォーマンスも初めての方ばかり。こういう人たちが、今回の公演を見て感じるものがあったら、我々としては1つの成功だと捉えています。

地域の民族芸能なども今後のテーマ

―今回は、実行委員会を立ち上げて、そこが運営する形を作りましたね。
北村
実行委員会で運営するスタイルは続けていきます。そこで、企画を作っていきます。最終的には、そこにいろんな方々に参画していただきたいと考えていますが、最初から、特定の分野の方に入っていただくと、テーマや組織が偏る可能性もあるので、あまり色のつかないようにしようと。
実行委員会の主催ですが、現状ではシップスが音頭取りをしているという形です。

―次のテーマは決まっていますか。
北村 
具体的なテーマは、未定です。テーマの一つとして、地域の神楽などの民俗芸能や舞踊なども検討しています。伝統芸能の中には、後継者がいなかったり見に来てくれる人が減ったりして廃れていっているものが増えています。そういうところと一緒に企画するのも、今後のテーマの1つです。
それから、耳なし芳一の流れの1つで、「濡れ衣塚」を考えています。「濡れ衣」の語源になった話が博多にあったということを知らない人が案外多い。濡れ衣塚がある場所を知っている人も非常に少ない。舞踊系や端唄、座敷系の音楽などを入れて構成できないかと考えています。

―北村さんが現在関わっている伝統芸能関係というのは、どのようなものがありますか。
北村
いわゆる邦楽邦舞といわれるものです。日本舞踊や民謡、三味線など。他には、お茶や博多仁和加などにも関わっています。それから、福岡城市民の会で事務局を務めてもいます。

ふるさとの語り部、岡部さんが残してくれた財産

―北村さんが担っているそうした活動は、2年前に亡くなられた岡部定一郎さんが長年取り組んでこられたと認識しています。岡部さんは生前、福岡の歴史、文化を守りつなぐことに情熱を傾けられました。岡部さんの取り組みは非常に高く評価されています。地元の経済人などにも岡部さんの意志を引き継いでいくべきだと考える方は多いでしょう。しかし、実際に企画から現場の運営までできる人は少ない。お金もかかる。自分が旗を振って地域の為にやろうという人がなかなか出てこない。その中で、北村さんは岡部さんの跡を継いで、自分で旗を振り始めた。
北村 
岡部さんは、ご自分のことを「ふるさとの語りべ」と言われていました。福岡の歴史、伝統、文化に精通されていて岡部さんの功績は大きいと思います。
私は以前、福岡の広告代理店に勤務していた頃から岡部さんのかばん持ちをしながら、仕事のお手伝いをさせていただきましたが、独立してからも岡部さんの仕事に携わりました。
その中で、私自身、感動を覚えることが何度もありました。例えば、岡部さんは福岡を代表する祭り・博多どんたくに長く関わっておられました。どんたくには、古典どんたく隊というものがあり、新天町であれば「三十三羽鶴」と決まっており、昔から行われていたどんたくの形態を今も引き継いでいます。

「ふるさとの語りべ」として長年、福岡の歴史、伝統芸能、イベントの発展に貢献し続けた
故岡部定一郎さん

随分前のことですが、私があるスポンサーから「どんたくのパレードに出たいので企画を考えて欲しい」という依頼を受けたことがあります。岡部さんに相談したら、「古典どんたく隊」を1つ作ろうと即答された。古典どんたく隊は、何を元に作るかというと奥村玉蘭の『続筑前風土記』です。あの中に、当時の松囃子の祭りの様子がイラストで描かれている。その中に凧行列というものが文字で書かれていました。凧に扮して仮装した人たちが祭りで行列しているというもので、岡部さんは、即座にその凧行列を思いついた。
さっそく、凧行列をクライアントに提案すると、一般的なパレードではなく意義のあることをしたいということで、すぐに賛成してもらえました。この時、人がかぶれる凧のようなものを作るわけですが、岡部さんが製作を依頼したのは博多人形師の川崎修一さんでした。博多人形師に頼んだことも驚きでしたが、博多祇園山笠の人形を製作している忙しい最中に、川崎さんが引き受けてくれたのにも驚きました。普通なら受けてもらえない時期ですが、お父さんからの付合いがあった岡部さんから頼まれると断ることもできなかったのでは・・・。

この凧行列の事は、どんたく開催前から話題となり、新聞の一面を飾ったほどです。実際にパレードに出たら大変な反響でした。こういう仕事のやり方ができるのかと、感動したのを今でも強烈な印象として覚えています。また、岡部さんは、私にいろんな方を紹介していただいて、人脈やきっかけを作ってくださいました。岡部さんが残してくれたものを、何とかつないでいきたいという思いで続けています。

伝統文化を途絶えさせないために

―北村さんが、やらなかったら、岡部さんが守ってきたものが途絶えてしまうかもしれません。止めたものは、また復活させれば良いと考える人もいるとは思いますが、一度途絶えた人間関係やノウハウを元に戻す労力と経済的な負担は計り知れません。だから、続けていくということが大事だと思います。
北村
地域の文化芸能というのは、地域の人たちが支えていくべきものだと思います。博多券番(検番)もそうですが、博多の芸事やお祭りに地元の人間や地域の人たちが、出来る範囲で支援をしていくことが必要ではないでしょうか。

―アジアのドキュメンタリー映画を集めた福岡アジアフィルムフェスティバルも開催されていますね。北村
福岡アジアフィルムフェスティバルは、今年で26回目を数えます。元々、業界の先輩が開催していたものを引き継いで続けています。当社が開催するようになって、今回で8回目を迎えました。
「耳なし芳一」は、創X(そうばい)プロジェクトという実行委員会を立ち上げ運営しました。Xは掛け合わせて、相乗効果を生んでいきたいという思いを込めています。映画祭も、掛け合わせが増えてきました。

アジアからの留学生や、九州産業大学の学生さんも関わってくれるようになりました。「耳なし芳一」も九州産業大学の学生さんがデザインと服飾などで関わってくれた。こうした掛け合わせをすることで、仲間が広がってきていると感じています。今後、さらに多くの人を巻き込んで、福岡の伝統芸能文化を伝えていきたいと考えています。

会社概要

会社名   シップス株式会社
住所    福岡市中央区天神4-7-6グレース天神2F
設立    2016年7月
代表    北村 義弘 
資本金   300万円
事業内容  総合広告業 
URL    https://www.ship-s.jp/

Trend&News  Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.148(2023年10月号)

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