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Trend&News ■特定非営利活動法人 在宅就労支援事業団

障害者のストレスを減らすサテライトオフィスをオープン

障害者が在宅で働くことができるよう教育から就労支援、サポートなどを行っている特定非営利活動法人在宅就労支援事業団(熊本市東区、田中良明理事長)はこのほど、本部施設内にサテライトオフィスを開設した。訓練ルームに併設する形の新しいモデルとして注目を集めている。これまでの障害者の就労支援に加え、雇用率の基準に満たない短時間就労を希望する障害者をはじめ難病患者やガン患者の受け皿となる専用施設を作り、だれもが働き、社会参加できる機会を創出しようと挑戦している。障害者に寄り添い続けてきた田中理事長の取り組みに、これからの社会福祉の1つの在り方を見た。

田中良明理事長

訓練ルーム併設型のサテライトオフィス

新型コロナウイルス感染拡大防止を目的として、在宅ワークやリモートワークなど働き方が多様化するなか、通信やデスクなど快適な仕事環境が整っているサテライトオフィスの需要が高まっている。
サテライトとは衛星を意味し、サテライトオフィスは本部以外の場所に設置するため、従業員にとっては交通の利便性が高まり時間を効率的に活用することができる。自宅ではプライベートとの切り分けが難しい、仕事のスペースを確保できないといった不便や不満を抱えているビジネスパーソンの多くが、仕事に集中できる環境が整っているサテライトオフィスを歓迎するのも当然といえるだろう。

障害者が在宅で就労できるよう教育訓練や就労などをサポートする、熊本市の特定非営利活動法人在宅就労支援事業団(以下、事業団)はこのほど、熊本市東区下南部1丁目の本部施設内にサテライトオフィスを開設した。会社に出社せず在宅で働く雇用形態が普及したこともあり、障害者が利用できるサテライトオフィスも増えている。しかし、事業団が開設したサテライトオフィスは、本部施設の訓練ルームに併設しているのが大きな特徴で、このような事例は他に類をみない。田中良明理事長は、「障害を持った方々にとって、環境が変わることは非常に大きなストレスになります。サテライトオフィスを施設内に開設したのは、訓練を受けている間と同じ環境での就労を実現したかったから」と開設の目的を語る。

サテライトオフィス。
サテライトオフィスは写真手前の訓練ルームの隣。利用者、企業側に
とって安心感を提供する新しい、サテライトオフィスの形態だといえる。

「まずは、自分たちで運営してみる」

事業団は、企業が求める人材を育成するために福祉事業制度の下、障害者が仕事に必要な知識やスキルを習得するための訓練を最長2年間行うことができる。訓練を受けて卒業した利用者は、企業と雇用契約を結び、在宅で就労できるよう支援する。そうして企業への就職が決まると、利用者は自宅やサテライトオフィスなどで仕事をすることになるが、環境が変わると、田中理事長が指摘するように精神的に不安やストレスを感じる人が多い。そのため、今回のサテライトオフィスは、本部施設内の訓練ルームの隣に開設したというわけだ。サテライトオフィスは、2部屋用意しており、1部屋に机やパソコンなどを4台配置、最大で6人までは収容できるという。
確かに、利用者にとって訓練ルームの隣というこれまでと変わらない空間と、自分のことを理解しサポートしてくれるスタッフの存在は大きな安心となる。雇用する企業側にとっても、スタッフの目の届くところで社員が働き、体調管理など遠隔ではケアできないこともサポートしてもらえるのはありがたい。定着率の向上も期待できる。利用者、企業にとってメリットは大きいというわけだ。

実は、それ以外の効果も期待しているという。訓練生に与える良い刺激だ。「訓練ルームの隣で卒業生が企業の社員として働いている姿を見ることができるのは、訓練生にとって大きな刺激や励み、希望になります」と田中理事長は目を細める。
訓練施設とサテライトオフィスをセットで運営するという発想は、在宅就労の仕組みづくりのため20年以上にわたって障害者に寄り添い続けてき田中理事長自身の経験から生まれたものだ。既に、東京の大手企業や地方自治体から見学に訪れており、関心の高さと期待の大きさがうかがえる。

事業団がサテライトオフィスの運営を手がけた背景には、「企業や行政、事業所が、今回の新しい運営方法を採用したいと希望された際に、具体的なアドバイスやサポートが必要になります。そのためには、まず、我々が実際に運営して経験値を積み上げる必要がある」という思いがある。
サテライトオフィスを施設内に併設している例は全国にも例がないが、企業や障害者自身にとって良いものであれば、この形態がこれからの一つの有効なモデルになり得るはずである。

カウントされない人を雇用するための施設

また、事業団はサテライトオフィスと同時期に、熊本市東区神園1丁目で、事業団が運営する就労継続支援B型事業所の敷地内に新たな施設を開設した。運営は、昨年12月に設立した「一般社団法人在宅就労情報センター」(田中良明理事長)が行っている。ここは、障害者雇用のポイントとしてカウントの対象とならない人たちを雇用するためにつくった専用施設だ。

国は、障害者雇用率制度を設け、一定規模以上の企業や団体に対して従業員数に応じた障害者雇用を義務付けている。雇用率を達成できい企業は1人につき1カ月5万円の納付金を納める義務を課していることもあり、障害者雇用が進み一定の成果を上げている。しかし、雇用する障害者の人数としてカウントされるためには、就業時間の基準をクリアしなければならない。障害の程度にもよるが、就業時間が週30時間以上働く人を雇えば、それで1人を雇用したことになる。これに対して週20時間~30時間の就労する人は0.5と計算される。そのため、1人の障害者雇用義務を負う企業が20時間~30時間就労できる人を雇う場合は2人の雇用が必要になる。

この基準の是非については別の機会に譲るとして、障害者の中には週20時間の就労が難しい人もいる。ガンで長期治療を余儀なくされている人や難病指定を受けている人たちで、想像する以上に多い。現行の規定では、週20時間以上働ける人を雇わなければ、障害者雇用としてカウントされないため、週20時間の就労ができない人を採用しても、雇用率を求める際の計算には入れられない。こうした難病やガンで長期療養を続けている人たちが働く機会は非常に少ないのが現実だ。高額の治療費や薬代で経済的にも苦しい立場に置かれている人たちが、働く機会を得られないという現実は改善しなければならないはずだ。

そこで、「週20時間以上働けない人を雇用するための施設を自前で作ることにした」(田中理事長)。8月1日からスタートし、既に、第1期生として在宅で2人を採用している。二人の内の1人は、言語障害などの障害を持ち1週間に6時間程度の就労が限界だという。

「ガン患者が働ける受け皿になりたい」

今回の就労可能な時間が週20時間以内の人を雇用するための専用施設は、田中理事長にとっては次の展開を視野に入れたものだといえる。それは、長期にわたって治療を受けるガン患者だけを受け入れる施設である。前述のようにガンと長く戦っている人の中には、手術や治療、薬代が家計を圧迫し苦しい生活を強いられている人も多い。それに加えて、仕事をする機会が制限されると、社会とのつながりさえも狭められる。

ガンの治療をしている人のなかには、1日8時間勤務に耐えられえずに退職する人がいる。そういう人たちは、退職するまでガンの治療を受けていることを職場の上司や同僚にも言えないという。そして、再就職先を探そうとしても、週20時間以上の就労という求人の条件にも入らず、結局は就労の機会を得られないという。短時間しか働けない人たちは、通勤やバリアフリーなど環境の整っていない職場で働くことはかなりハードルが高い。だから在宅での就労に希望を見出そうとする。

この問題は、特定の人たちだけのものではなく、日本人の多くが直面するものでもある。国立社会保障・人口問題研究所がまとめた人口統計資料(2020年)によると、40歳から89歳までの死因のトップは悪性新生物、いわゆるガンと肉腫である。政府が謳う「人生100歳時代」を実現するためには、病気や障害を抱えた人たちが豊かで幸せに暮らせる環境づくりをセットで考えるべきだが、国が動くのを待っていてもらちが明かないかもしれない。

前例がない壁を突破するのは、たいてい民間の力である。田中理事長自身もガンの手術を受け、治療を続けていることから、ガンの治療を続ける人の苦しみが理解できる。だから、まずは、自分たちで施設をつくり、運営しながらノウハウを蓄積しようと考えている。「サテライトオフィスの運営の経験を生かして、短時間就労を希望するガン患者のための施設をつくるのは、自分の使命であり、これまでの仕事の集大成だと位置づけています。ゆくゆくは国が予算を作って各都道府県に最低2カ所は、ガン患者の就労の受け皿になる施設を作って欲しい」と訴える。
企業や団体だけでなく、町や国を支えているのは人である。田中理事長と事業団の新しい取り組みは、まだ小さな動きだが、様々な業界が関心を持ち、大きなうねりになることを期待したい。

法人概要

法人名  特定非営利活動法人 在宅就労支援事業団(内閣府認証 厚生労働大臣登録)
住 所  熊本市東区下南部1丁目1番72号
     TEL.096-213-0701
設 立  2003年4月
事業内容 就労移行支援事業、就労継続B型事業、生活訓練事業
拠 点  全国20ケ所(事業団グループ)
URL   https://jigyodan.or.jp/

Books  Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.135(2022年9月号)

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