Trend&News ■株式会社さいかい はたらく農園
政府は、「働き方改革」を謳い、それぞれの事情に合わせた多様な働き方が選べる職場の環境整備を推し進めている。デジタル化や機械化によって、働く人の身体、精神的な負担を軽減するのもその1つといえるだろう。㈱さいかい(福岡県糸島市)は、糸島市で精神、知的障がいを持つ人の自立支援を目的とする農園「はたらく農園」を運営している。農園では主にトマトを栽培しているが、機械化を推し進めることで、働く人への負担を極力抑える環境整備と仕組みづくりに挑戦している。
障がい者の自立支援を目的に農園をつくる
人気の観光地であり移住先として注目を集める糸島市。JR深江駅近くの畑では、新しい農法を取り入れたトマト栽培で高品質のトマトを栽培する「はたらく農園」が関心を集めている。
はたらく農園は、2020年11月から「就労継続支援B型」施設として、精神障害や知的障害を持つ人たちが自立できるよう農業を通して支援している。農園に通う利用者は、主に収穫を担当している。「トマトを購入されるお客さまには、甘くて美味しいと好評です。おかげさまで、常連のお客様から新しいお客様を紹介していただけるようになり、やりがいを感じます」と笑顔で語るのは、施設長の池本幸男氏。
「はたらく農園」は、2019年に運営会社として設立された株式会社さいかい(福岡市西区)が2020年(令和3)11月にオープンした。同社は、経済的に自立した生活を営むことが難しい人を対象とした「共同生活支援住宅さいかい」や精神、知的障害を持つ人を対象とした「グループホームさいかい」を運営する㈲西海(福岡市中央区、塚本一明社長)が農園の運営のために設立したものだ。
作業負担が少なく品質の良い生産が可能な技術
「はたらく農園構想」は、代表の塚本氏が2015年に立ち上げた「はたらくプロジェクト」のなかで、「農業」をテーマに利用者の自立支援と新しい就労の機会創出を実現できる事業とその形を模索してきた。農業は自然の中で動植物の成長と関わることから、精神的な緊張を和らげる効果なども期待できるようだ。一方で、きつい、汚れる、危険というイメージもある。実際に、生産に携わると身体的な負担は決して軽くはない。
塚本氏は30年余にわたって従業員と全国を回り、障がい者の身体的な負担を減らしながら、高い品質の生産物を収穫できる技術と商品を探し続けた。様々な可能性を検討するなかで、たどりついたのが農機具メーカーのクボタが提供するアイメック技術(フィルム農法)による「アイメック農法」であった。
塚本氏は、この農法を壱岐の農園で体感し、「アイメック農法なら、利用者の負担を軽くしても良質のトマトをつくることができる」と確信し、新しい農園に採用することを決めた。そして、二丈岳のきれいな水を生かしたいと糸島市に約1万㎡の土地を購入、令和2年に農園をオープンしトマトの生産に着手した。
病害虫の発生を抑えるアイメック農法
アイメック農法は、ナノサイズ(1ナノメートル=1億分の1メートル)の孔を空けたフィルムを使用する。このフィルムは、植物に必要な水と栄養分は通すが、バクテリアや細菌、ウイルスは遮断するというという機能を有している。そのため、少量の農薬でも病害虫の発生を極力抑えることができる。連作も可能なため、品質の良いトマトの安定供給が可能である。
はたらく農園では、約1万㎡の敷地内にトマト栽培用に1,500㎡の施設を建設。施設内には20本の畝を作り、1本の畝で約270本、施設全体で約5,400本のトマトを栽培している。それぞれの畝の地中には2本のパイプが走り、そこから成長の度合いに合わせた栄養分を含んだ水が送られる。また、施設内は気温や湿度に合わせて温度や二酸化炭素濃度なども調整できる。従来、雑草の除去や水・肥料の散布、温度管理など、人が行っていた作業をアイメック農法によってカバーすることができるようになり、人の作業負担が大幅に軽減された。
糖度の高い高品質のトマトを生産
トマト1本につき、2~3キロ程度を収穫することができるため、全体では10トン以上の収穫を見込むことができる。はたらく農園で収穫されたトマトは、糖度が高く、リコピンやGABA(ギャバ)、ポリフェノールなどを多く含んだ高品質なトマトとして市場での評価も徐々に高まっているようだ。
収穫したトマトは、農園内の売店やさいかいグループの施設で購入される以外にJA糸島が経営する道の駅「伊都菜彩」や糸島市二丈にある「福ふくの里」の直売所で販売している。また、百貨店の地下食料品売り場でも糸島産の商品を取り扱う店頭に並ぶようになった。
ネット販売にも着手した。「二丈岳の雫」や「ふもとのトマト」ブランドで、農園が運営するサイトでの販売に加えて「九州お取り寄せ本舗」(運営:株式会社丸信)でも取り扱われるようになった。「当園のトマトは、リコピンが豊富なうえに、糖度が8~12度のものが多く、甘くておいしいと好評をいただいています。徐々に認知度と評価が高まっているのを実感しています」と営業推進本部長の相崎正和氏は目を細める。
障がい者がストレスなく働ける環境づくり
農園では、高度な農業技術の導入と併せて、約1万㎡の敷地内にはトマトを栽培する専用の施設をはじめ加工所や利用者のために事務所兼休憩所、倉庫なども備えている。また、スタッフは、作業中の利用者に過度な負担がかからないよう心掛けているという。
利用者が作業に従事する時間は、医師の指導を受けながら負担の少ない範囲で進めるようにしているが、池本施設長は、「農園で働き始めたころよりも、働くことができる日数が増えた人もいます。表情もすごく良くなる人が多いですね。自然の中で働くことが、精神的な面にも良い影響を及ぼしているのでしょう。そうした変化が起きるのを見ると、一緒に働いていて嬉しいです」と、現場での変化に手ごたえを感じているようだ。
オープン当初は、主にさいかいグループホームの利用者が通っていたが、認知度が高まるにつれ外部からの利用希望者も通うようになった。今後は、利用者の受け入れを現在の10人から20人まで増やしたいと考えている。また、利用者は農園で働くことで、工賃を得ることができる。同園では、周辺地域の中でも高い水準の工賃を支払うことで、自立支援を後押ししたいと考えている。「はたらく農園」をオープンしたことで、塚本氏が長年追い求めてきた、障がい者や高齢者が働くことのできる環境づくりが大きく前進したといえるだろう。
農園では、今夏からトマトに加えてオクラの栽培も始めた。6月に入ると、トマト農園の隣の敷地にオクラ畑を設け、種を植えた。既に収穫期に入り、利用者たちがオクラの収穫に汗を流している。同園のトマトは、8月に苗を植える定植を行い、11月から翌年の6月頃までが収穫期となるため、収穫ができない時期が発生する。トマトだけの栽培では、次の収穫期まで利用者が収穫に携わることができないことになる。そこで、利用者の働く機会を安定的に創出しようと、トマト畑の隣でオクラの栽培も始めたというわけだ。オクラは7月から11月の霜のおりる頃まで収穫することができるため、トマトと合わせて1年を通して、利用者が安定的に働く環境が整う。
近年、「農福連携」という考え方が広がり始めた。農林水産省は「農福連携とは、障害者等が農業分野で活躍することを通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取組」だと定義している。2016年6月、「ニッポン一億総活躍プラン」が閣議決定され、政府は社会的に弱い立場の人々が最大限活躍できるような環境整備を推し進めようとしている。
障がい者が働きながら自立することを目的に設立した「はたらく農園」が提供している環境は、まさに農福連携の理念にかなったものだといえるだろう。スタートしてまだ2年程だけに、商品の販売ルートの拡大や受け入れる利用者の確保など、解決すべき課題はあるが、ここで働く利用者は農業の知識と技術を身に付けることもできるようになる。そうなると、日本の人手不足解消の一翼を担うことも期待できるわけだ。また、「はたらく農園」では、障がい者だけでなく、地域の高齢者の働く機会の創出も目指している。農園の運営は、高齢者の生きがいづくりにもつながり、地域経済にとっても大きなプラスを生むことにもなるだろう。
誰もが働ける環境を創り出すための努力が、これからの企業には強く求められる時代になったと感じる。土や植物と触れ合いながら生産活動に従事することで、金銭の収入を得ることができる。さらに、自然に身を置くことで、人は活力や精神的なゆとりも得ることができるのだろう。そこに、最新の技術を活用することで誰もが働きやすい環境を作ろうとする「はたらく農園」の取り組みは、これからの障がい者の自立支援や雇用の在り方を示しているとも言えるのではなかろうか。
法人概要
名 称 株式会社さいかい(はたらく農園)
住 所 福岡県糸島市二丈深江2067-1
設 立 2020年11月
事業内容 ・「はたらく農園」の運営
・農産物の生産・販売
・就労継続支援B型」施設運営
URL https://hatarakufarm.com/
Books Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.134(2022年8月号)
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