絵本に学ぶ仕事術 ■有限会社ウーヴル 代表取締役 三宅 美穂子
絵本は季語をもっている。思い出す季節や景色から、読みたくなる時があるのだ。
その中で8月に読みたくなる絵本の1つに「字のないはがき」がある。昨年の夏にみつけ、ぜひ紹介したいと思ったものの、結局昨年は書けなかった。
この紙面に届けたのは『100年たったら』。
しかし、また一巡して、この名作を伝える時がやってきた。やっと紹介できる一冊だ。
作家向田邦子さんと、その家族の戦時中の実話をもとにした絵本。戦争が始まって、食べるものも手に入りにくくなり、暮らしが激変する。とうとう爆弾も投下され、家も家族もなくなる人も増えていくその年の4月。子どもたちも疎開することになった。
幼いからと両親のもとにいた、4人姉妹の邦子さんの一番下の妹も、いよいよ送り出さなければならないときが来たのだ。
両親は心をこめて支度をする。その中に宛名を父親が丁寧に書いたはがきの束がある。まだ字の書けない小さな妹に「げんきな日は、はがきに まるをかいて、まいにち いちまいずつ ポストにいれなさい」(本文から)と渡したものだ。
こうして家族の愛情も一緒に、疎開地へ出発した妹からのはがきは、1週間後に届く。そこには、はみ出すくらいのおおきな赤い〇が見える。待ちに待った安どの便りだ。
しかし、次の日、急に小さな黒い〇に変わり、そこから、どんどん小さくなって、とうとう×になり、ついにははがきも届かなくなった。しばらくして、母親が迎えに行くことになる。
狭い布団部屋に風邪だからと寝かされていた妹は、ますます小さくなって帰ってきた。
迎えに出た父親は声を荒げて泣いた。
やがて戦争は終わる。絵は、小説家でもある西加奈子さんが手がけている。ご自身でも個展も開くくらい画才のある人。
この絵本も彼女らしい黒のクレパスで太い縁取りがしてある。ためらいのない強い線。
何色も使って塗りこめられた背景の上に描かれている。ページごとに変わる色は、妹の気持ちだろうか。
この時代に生きる哀しさがずんと伝わる。そして何よりも、クレパスで荒く塗り残した白いキャンパスの生地が、雨に濡れたガラス窓のように見えてしまって、本当に切なくなる。
この絵の上に、「8日目の蝉」の角田光代さんが絵本に書き下ろした物語を書いているのだ。
胸が熱くなるにきまっている。
人類は何度、危機を乗り越えただろう。
今、私たちは戦っている。
力強く優しく生きていくことを忘れないために、8月に贈る絵本としたい。
「絵本に学ぶ仕事術®」 Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.110(2020年8月号)
プロフィール
三宅 美穂子(みやけ みほこ)
有限会社ウーヴル 代表取締役
2005年2月25日創立、翌06年3月15日同社設立。企業向け研修やキラキラ社員のプログラム(社員によるいい仕事のための自社内研修プログラム)業務改善アドバイスを手掛けている。
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