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障害者の新たな働き方をサテライトオフィスで模索

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Trend&News 広島大学

広島大学が、障害者の雇用を目的として熊本市東区にあるサテライトオフィスの利用を開始し注目を集めている。障害者が在宅で働くことができる新しい環境整備と仕組みづくりに挑戦するのだ。また、同大学では、人種や性別、価値観などが異なる人たちが活躍できる人材育成と個人がそれぞれの力を発揮できる組織の在り方を模索している。そこに、多様性の時代に必要とされる大学だけでなく、企業の姿を見た。(取材日:2023年3月20日、記事中で表記する役職は取材当時のもの)

車の運航管理と異動に伴うシステム化

熊本市内のサテライトオフィス

今年1月、広島大学は熊本市東区の障害者就労支援施設内のサテライトオフィスの利用を開始した。サテライトオフィス内には3つのブースが設けられ、広島大学はそのうちの1ブースを契約している。ブースはガラス張りの明るい雰囲気の中で、テーブルとイス、パソコン、大型モニターなど仕事に必要な機器が備えられている。ここでは、精神障害と身体障害を持つ四人の訓練生がパソコンに向かって仕事をしている。

現在、訓練生たちが大学から依頼されている仕事は主に2つ。1つは配車の管理業務である。大学は、数十台の車を所有していて、今までは行先などの運行記録を紙の台帳で管理していた。それを、デジタル情報に変えるデータ入力業務を手掛けている。
もう1つは、教授など大学の教員の異動に関する手続きのシステム化である。大学で教鞭をとる、或いは、研究を行う大学教員は幾つかの大学を行き来するケースが多い。そこが、民間の企業とは異なるところかもしれない。

実は、その異動に伴い様々な手続きが必要になるというのだ。教員が使用する物品を例に挙げると、教員本人が他の大学に移る際、それを次の大学に持っていくのか、それとも廃棄するのかを選択する。研究に使用する物品の多くは、研究費で購入することから個人に帰属するというよりも研究に帰属する。研究を引き継ぐのであれば、異動先にもっていくための手続きが必要になる。

物品に限らず、異動に伴う手続きにはかなりの時間と労力を要しているという。俵幸嗣理事は、「こういうことが、在宅でもできる事務手続きとして上手くシステム化できれば、大学にとって非常にありがたい。また、こうした異動に伴う手続きは、広島大学だけでなく他の大学でも同じように発生する。広島大学で行ったことを横展開することで、他の大学の仕事を請け負うこともできる。そうなれば、障害者の在宅ワークの領域や可能性はさらに広がるでしょう」と期待を寄せる。

俵 幸嗣 広島大学理事
2020年4月1日~2023年3月31日(2023年4月1日付けで文部科学省に転籍)

どの仕事を切り出すか?

一方で、在宅就労を推進するなかでの課題も見えてきた。俵氏は、「働く人の選択肢を増やしたいという思いから実際に取り組んでみると、どのような仕事を頼むのか、どのような仕事を創り出すことができるかが、すぐには思いつかない。案外難しいということがわかった」と振り返る。企業にも言えることだ。国が一定の規模の組織には、従業員の人数に応じて障害者雇用枠を設けているが、企業側からは、個人情報保護法などコンプライアンスが厳しくなるなか、どのような仕事を依頼できるのか分からずに戸惑いを覚えているという声を聴く。

「仕事の切り出しは、企業だけでは難しいこともある。実際に、障害者の事情に通じた上で企業の業務や組織体制を見なければ、どの業務のどこを切り出せばよいのかが分からない。だから、現場で情報やノウハウを有する事業団さんに支援していただきながら、進めていきたい」と語る。

「熊本にしかなかった」

広島県の国立大学がなぜ、熊本のサテライトオフィスを利用し始めたのか。その疑問に対して俵氏は、「在宅就労を支援していて、かつ、高い実績を上げている団体は、熊本の在宅就労支援事業団さんでした。加えて、今回のように訓練施設を併設した形で運営するサテライトオフィスは、我々が知る限り熊本にしかなかった」と語る。
広島大学が開設したサテライトオフィスを運営するのは、熊本市東区に本部を置くNPO法人在宅就労支援事業団(田中良明理事長、以下、事業団と表記)である。事業団は2003年(平成15)に田中氏が設立、在宅ワークという言葉に馴染みのない頃から、障害者が在宅で就労できる仕組みと環境づくりを推し進めてきた。事業団は、障害者に対して企業が求める知識習得や能力開発などの訓練を行う。また、家族や親の介護などの理由で、外に働きに出られない人などが在宅で働ける機会の提供も行う。こうして障害者の在宅就労支援の先駆的な取組みが評価されて2006年(平成18)、九州のNPO法人として初めて厚生労働大臣の認可を受けた。

事業団が本部施設内の訓練室隣にサテライトオフィスを開設したのは昨年(令和4)の8月。サテライトとは中間を意味する言葉で、いわゆる企業と家庭の中間に位置付けられる施設の事だ。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、大企業を中心に在宅ワークが進んだ。自宅で仕事をする環境が整っていない、または、自宅では家族がいて仕事に集中できないなどの理由からサテライトオフィスを利用するケースが増えていた。

一方、障害者を対象とするサテライトオフィスも増えているようだが、事業団が開設したサテライトオフィスは、企業や団体など雇用側と利用者の双方に寄り添った配慮が見られる。まず、サテライトオフィスを利用する障害者の立場で考えると、これまで訓練を受けてきた同じ施設内での業務とあって、環境の変化によって感じるストレスが無い。また、サポートが必要な際には、自分のことをよく知る施設の職員がサポートしてくれるため、コミュニケーションも図りやすい。雇用側から見ると、事業団の職員がサポートしてくれるので安心である。サテライトオフィスで指導やサポートを受けながら仕事を続け、「もう在宅に移行しても大丈夫」と判断されれば、大学が直接雇用し在宅での就労へ移行することができるし、そのままサテライトで仕事を続けることも可能である。
障害者の在宅就労を長年、支援してきたからこそ思いついた仕組みだといえる。広島大学が熊本のサテライトオフィスを利用する大きな理由は、この仕組みにあるといえるだろう。

新しい働き方を模索

俵氏は広島大学の理事に就任する前、文部科学省初等中等教育局特別支援教育課長として、障害を持つ子供たちの社会参加を支援する施策の立案や教育機関を支援する立場にあった。その頃、障害者雇用をテーマにした自治体主催のシンポジウムに俵氏と田中氏はパネラーとして出席した。それがきっかけとなり、在宅就労支援に長年取り組む事業団のことを知った。

その後、俵氏は理事として広島大学に赴任する。広島大学という教育研究機関の経営陣の一人として、障害者の働く環境づくりの啓もう活動を行い、さらに、大学院人間社会科学研究科附属特別支援教育実践センター長を務める川合紀宗教授に相談し、障害者の就労支援と多様性への取り組みとして、新しい働き方を模索しはじめた。そのような時に、事業団が施設内にサテライトオフィスを開設したことを知り、その一ブースを広島大学が活用することを決めた。

広島大学では約100人の障害を持つ人たちが働いている。

多様性の時代のニーズに応える

広島大学は創立以来、各分野の専門家や教育者の育成を続け、数多の優秀な人材を全国に輩出してきた歴史を持つ。様々な障害を持つ子供たちの教育や、研究に携わる教員、研究者を養成する特別支援教育においても高く評価されている。川合氏がセンター長を務める「特別支援教育実践センター」では、特別支援教育の基礎的・実践的な研究や教材開発、特別支援教育を専攻する学生への臨床指導、現職教員などへの研修を行ってきたが、今年四月から「広島大学ダイバーシティ&インクルージョン推進機構特別支援教育実践センター」(以下、教育実践センター)へ改組、新たな取り組みを始めた。

ダイバーシティとは多様性を意味し、国籍や性別、障害の状況など様々な違いを持った人たちが集団の中で共存している状態をいう。インクルージョンとは、その多様性を生かすことができる環境をつくっていくということである。
川合氏は、「大学には5,700人余の教職員が働いているが、その内約100人の障害者を雇用している。留学生も1,600人程在籍している。留学生の中には、性別の問題などいろんなことで悩んでいる人がいる。サポートをこれまで以上に充実させたい」と意気込む。

令和3年6月4日、「障害者差別解消法」が公布され、3年以内に民間企業も官公庁とおなじように努力義務から義務に変わる。サービス業など一般顧客と接する事業者だけでなく、障害者を雇用する企業にも障害者の負担を軽減するための環境整備やコミュニケーションの図り方など、法律に沿った対応が求められるようになる。そのため、「特別支援や教育に携わっていない人も、自分の事として知っておく必要があるという気づきを促していきたい」と語る。

川合紀宗 大学院人間社会科学研究科教授

広島大学は、障害者の就労支援にとどまらず、多様性が求められるこれからの社会に対応できる研究や人材の育成、普及活動に積極的に、そして、多くの大学に先駆けて取り組んでいるというわけだ。しかも、学部にとらわれることなく、横断的に大学全体としての取り組みを進めている。日本は多様性への対応が遅れていると国際社会から指摘されているだけに、教育実践センターでの様々な取組みや検証が、将来の社会の在り方や働き方を前進させるよう期待できるだろう。 

海外からの留学生も多い。多様性への取組みは学内の環境づくりでも
進められている。

海外展開も視野に

「国連の障害者権利条約に批准したアジア、アフリカ地域でインクルーシブ教育に対するニーズが非常に高い」と指摘する川合氏は、国内だけでなくインドネシアの教育省と連携してインクルージョンに関する教員養成プログラムづくりを手掛け、国際展開も視野に入れている。
「みんなが普通にそれぞれ仕事の中で障害のある人の事も頭に入れながら、一緒に学んだり働いたりするのが理想。それに少しでも近づけたら良いと思っています」。

人口減少や国際化が進むなか、人手を確保し成長を続けるためには日本の企業や大学には、様々な価値観を共有し、個人の事情や要望を受け入れた職場環境や制度設計が求められる。多様性への対応は、優しさの追求でもある。様々な状況にある人が、それぞれの価値観を認めながら働ける未来を目指した広島大学の取り組みは、我々の通るべき道を切り開く挑戦であるともいえるだろう。

大学概要

名 称  広島大学
住 所  <東広島キャンパス> 東広島市鏡山1-3-2
     <霞キャンパス>   広島市南区霞1-2-3
     <東千田キャンパス> 広島市中区東千田町1-1-89
創 立  1874年(明治7)
学 長  越智光夫

Books  Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.143(2023年5月号)

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