Trend&News ■一般社団法人全国相続鑑定協会(アイキャン)
家族の財産と生活を守る「家族信託」の普及に貢献
超高齢社会である日本において、認知症は多くの人が直面する問題の一つであろう。認知症が進めば判断力が落ちる。すると、生活や経済活動を営むための契約行為ができなくなり、本人だけでなく家族までもが経済的不利益を被るケースがある。その解決策として注目を集めているのが、通称「家族信託」と呼ばれる民事信託制度だ。名古屋市の一般社団法人全国相続鑑定協会(アイキャン、小池淳一代表理事)は、相続全般の相談に対応できる専門家集団を作り上げると共に相談窓口として専門家をまとめる相続鑑定士を育成し、相続問題でなやむ人々を総合的に支援している。
認知症が進むと契約が出来なくなる
先祖から受け継いできた不動産や自分で築いた財産などを配偶者や家族、子孫に伝えていくことは財産を所有する人にとって重要な懸案の1つである。一方、日本は六五歳以上の人口が令和4年10月時点で総人口の29%を占める超高齢社会である。2025年には65歳以上の5.4人に1人が認知症になるとの予測もあり、これから財産を家族などに引き継ごうとする人たちの多くが認知症リスクを抱えているともいえる。
認知症を発症すると本人や家族にとって、どのような経済的問題が起きるのか。本人は自立した生活が難しくなり、家族は介護のための時間や費用負担が増えることになるということは広く知られている。実は、認知症が進み本人の判断能力が著しく低下すると、様々な契約行為ができなくなるという重大な問題に直面することになる。契約行為とは、預金口座の開設や財産の取得、運営、処分などを行うために必要な契約のことを指す。
認知症になって契約行為ができなくなれば、家族であっても預金の引き出しもできなくなる。契約行為を行えるようにするには、「成年後見制度」を利用しなければならなくなる。成年後見制度は、裁判所から任命された後見人が認知症となった本人に代わって財産の管理、運営、処分を行うというものであるが、必ずしも家族が希望する者が後見人になれるわけではない。後見人を誰にするかは、裁判所が決める。近年の事例を見ると、家族が後見人に選ばれることもあるが、一定以上の現預金や財産を所有する人の場合、家族以外の弁護士や司法書士といった、いわゆる専門家が後見人に指名される可能性が非常に高い。
一度始めたら、途中で止められない
専門家が後見人になってくれれば安心だと思われるだろうが、家族にとっては困った事態に陥っているケースもあるようだ。家族ではない後見人が財産を管理するため、後見人の了解なしに配偶者や子供など家族が自由に預金を引き出したり不動産や株を運営、売却したりすることができない。例えば、認知症になった父親の後見人が、家族が引き出せる金額を低く制限すれば、家族は生活に苦しむことになる。認知症の父を施設に入れるための資金を捻出するために、父親名義の不動産を売却したくてもできないという事態だってあり得る。認知症になった本人の財産を守るという考えは間違ってはいないが、それによって生計を共にしていた家族が苦しむというのでは本末転倒である。
しかも、専門家が後見人になると、専門家への報酬を支払う義務が生じる。報酬額について明確な規定はなく、財産の額によって報酬額は変わるようだ。一般的には月額2万円程度を基本とするようだが、管理財産が1,000万円~5,000万円の場合は月額3万~4万円、5,000万円を超える場合は月額5万円~6万円程度の報酬を支払うことになるという。成年後見制度は、途中で止めることができないため、専門家への報酬は制度を利用する間、つまり、認知症になった本人が亡くなるまで続くことになる。例えば、月額3万円を10年間払い続けると360万円の出費になる。財産が360万円減るということだ。
家族による財産の管理・運営が可能
そうしたなか、注目を集めているのが「家族信託」と呼ばれる制度だ。愛知県を中心に相続問題の解決に取り組む一般社団法人全国相続鑑定協会(アイキャン)代表理事の小池淳一氏は、「財産を所有する本人の判断能力に問題がない時期、つまり、認知症などになる前に、自分に代わって財産管理や運用を行ってくれる人を自分で決めることができる制度。子供や家族、親族との契約が可能で、管理者にどの財産の管理や運営を任せるのかを、あらかじめ決めておくこともできる」と解説する。
「家族信託」は、図①に示すように財産を所有する「委託者」、委託者に代わって管理、運営、売却などを行う「受託者」、そして信託した財産から得られる利益を受け取る「受益者」の3者が存在する。例えば、父親が委託者で娘が受託者となり、現預金と不動産管理・運営を信託する契約を結ぶとする。これによって、父の現預金と不動産の管理・運営を娘が代行するため、父が認知症になっても受託者である娘が父親の資産を管理、運営、売却することができるようになる。娘が父の不動産の一部を売却すると、それによって得た利益は、父が決めた「受益者」が受け取ることになる。この受益者を父親自身にすれば、父親の収入が確保できる。受益者を配偶者にすることも可能だ。
自由度の高い「家族信託」
不動産を信託したが、自分が生きているうちは貸しても良いが売って欲しくないという制約を設けることもできる。子供が複数人いるような場合は、財産別に受託者を変えることも可能である。委託者である父の思いをかなり反映させることができる自由度の高い設計ができる。財産の所有権は委託者である父にあるため、税金などは委託者である父が払うことになる。
遺言と同じように、誰に財産を引き継いでもらうかを決めるが、配偶者や子供が亡くなった後の2次、3次相続以降の財産の引継ぎ先を、30年を限度に定めることができるのも「家族信託」の大きな特徴である。これは、遺言ではできない。契約期間は、成年後見制度では途中で契約の解除ができなかったが、「家族信託」はそれも可能だ。
「家族信託」を活用するには、運営のための設計コンサルティング費と公正証書作成や登記にかかる費用が必要になるが、これらの費用は一度だけの出費ですむ。
相続のための相談窓口がない
このように自由度が高く、財産を守りながら家族の意向にも配慮した「家族信託」だが、自由度の高さ故、適正な設計には様々な分野の専門知識が必要になる。アイキャンは、相続に必要な専門家と連携し、相談者へのコンサルティング、契約書の作成や登記、アフターフォローなど相続問題を総合的に、ワンストップで解決する仕組みを作り上げてきた。相続関連での対応は幾つかの方法があるが、最近は「家族信託」の需要が大きいという。
ここで、小池氏が協会を設立した経緯について触れておきたい。小池氏は元々、住宅を設計する建築士で、これまで数百棟の住宅を造ってきた。施主とは、家を建てた後も様々な相談を受けるような付合いを続けている。「その中に相続の相談もありましたが、私自身は門外漢ですから相談に答えられなかった。それで、東京に通って学び始めた」小池氏は、相続問題は相談する相手がいないということを感じ、相続相談ができる窓口を作ろうと考えた。それが協会をつくる動機となった。なぜ、建築家の小池氏がお客から相談されたからといって、畑違いの相続について勉強し協会まで設立したのか。経営者であるからビジネスの可能性を感じたとは思うが、困った人を放っておけないという小池氏の性分によるところが大きいように思われる。
小池氏は、「株式会社ファルベの石川先生に師事したことが私の発動の始まりです。相続を学ぶ機会を名古屋でも作りたいと進言すると、石川先生は講師として1年間、名古屋にきてくださった。そのおかげで、我々の事業はスタートすることができました」と当時を振り返る。
相続問題は一人では解決できない
相続は1人でできるものではなく、税理士や司法書士、不動産鑑定士、一級建築士、介護士など様々な分野の専門家が連携してチームを作り対応しなければ、相談者の問題を解決するサービスは提供できない。そして、専門家をまとめる要になる専門知識を有する資格者が必要だとも考えた。
小池氏は2012(平成24)年、「相続鑑定士」を商標登録したのを機に協会を設立し、相続相談窓口「アイキャンテラス」を開設した。アイキャンの門をたたく人の多くは、何を相談していいのか分からない状態のようだ。それだけ、相続問題は複雑で難しいということでもある。相続鑑定士は、そうした相談者の状況を聞き、問題を整理した後で、必要な専門家チームを組む扇の要の役割を果たす存在となる。
そのため、協会では相続に関するセミナーを開催すると共に、鑑定士の育成にも力を入れている。多くの鑑定士を育てることが、増加する相続相談を解決するために必要だと考えているからだ。
認知度が上がり、相談件数も増加
アイキャンが手掛ける相続対策の手段として、家族信託の割合は年々高まっている。それは、金融機関の対応にも表れているという。司法書士、土地家屋調査士、行政書士などの専門家と不動産仲介を手掛けるファミリアグループ(名古屋市、金子英之代表)で司法書士部門を率い、アイキャンの理事も務める司法書士の國枝哲哉氏は、「家族信託では、財産に関係する金銭を管理する信託用口座を開設しますが、当初は対応する金融機関が限られていました。しかし、ここ数年で認知度が上がり、多くの金融機関で信託用口座を開設できるようになった。さらに、金融機関から相続相談の紹介も増えました」と手ごたえを感じている。相続鑑定士でアイキャンの執行役員を務める佐々木広美氏も「セミナーに来る方の中でも家族信託を知っている人は多くて半分ぐらいですが、『もっと早く知っていればよかった』という声をいただき、やりがいを感じます」とほほ笑む。
これまでは、認知症対策として家族信託の需要を伸ばしてきたが、最近は、障害を持つ子供の親からの相談も増加している。知的障害や精神障害を持つ子供の親から、子供の生活を守るために兄弟や親せきを受託者、子供を受益者にした家族信託の設計を依頼されるようになった。國枝氏も「セミナー開催依頼も増えており、潜在需要は大きい」と感じている。実際、國枝氏のグループが手掛ける「家族信託」の件数はここにきて大きく伸びているという。
ただ、「家族信託」の認知度が高まってきたこともあり、家族信託を取り扱うところも増えてきた。認知度が高まり市場が拡大することは歓迎すべきことだが、専門的な知識を持たずに形だけ整えるような設計をするところも出ているという声も聞こえてくる。「家族信託」という柔らかな名称だが、本来は民事信託である。かなりの専門知識と経験が求められる。それを、売り上げにつながるからと、見様見まねでやってもトラブルの種をまき散らすだけであろう。
こうした問題に対して小池氏は、「今後、相続相談は法整備が進み許可制になるかもしれませんし、そうなるべきです。当協会が作っている相続鑑定士のような立場の国家資格も必要になると思います」と襟を正す。
今後の展開について小池氏は、「名古屋、神戸、横浜、札幌、福岡での展開を強化し、ブランド化を推進する。相続鑑定士も現在の380人から1,000人まで増やし、年間500件の相談に対応できる体制を整え、1件でも多くの悩みや問題を抱えている方の力になりたいですね」と言葉を結んだ。
会社概要
名 称 一般社団法人 全国相続鑑定協会(呼称:アイキャン)
住所 愛知県名古屋市東区代官町39-18 日本陶磁器センター2F
設 立 2012年12月12日
代表理事 小池 淳一
事業内容 相続鑑定士資格試験の実施、相続鑑定士資格を社会に普及させるための広報活など
URL https://ican88.org/
Trend&News Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.151(2024年1月号)
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