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観光産業の発展が旅館の支え   老舗旅館の若女将が地元を盛り上げようと奮闘観光産業の発展が旅館の支え   

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Trend&News 別府明礬温泉・岡本屋 若女将 岩瀬伸子さん

日本を代表する温泉地、別府。そのなかの明礬温泉で、創業から約150年近く老舗旅館岡本屋(有限会社岡本屋、岩瀬智昭社長)の若女将・岩瀬伸子さんは、大分県のご当地アイドルユニットのメンバーとして、地域の情報を発信している。自然災害や新型コロナウイルスで活気を無くしていた地元を元気付けたいと、旅館やホテルの女将たちが結成したものだ。元々は、岡本屋の認知を上げることを目的としていた活動は、地域の広報活動へと広がっている。

奉行として明礬地区を管理

「観光業がこんなにすそ野の広い産業だったことを、改めて感じています」と語るのは、別府の老舗旅館「岡本屋」の若女将、岩瀬伸子さんだ。岩瀬さんは、老舗旅館の若女将として旅館の経営、運営に携わりながら、アイドルユニット「おかみ8(おかみエイト)」のメンバーとして大分県の魅力を発信する活動も行っている。冒頭の言葉は、岩瀬さんたちがPR動画撮影のために様々なところを訪れた経験から出たものだろう。

岩瀬さんが若女将を務める岡本屋は明治八年創業、148年の歴史を有する明礬(みょうばん)温泉の老舗旅館である。明礬温泉は、別府温泉の一つで明礬(湯の花)を採取していることでも名前を知られている。また、岡本屋のお湯は美しいミルキーブルーという独特の色で、多くの温泉ファンや観光客を魅了している。

岡本屋を経営する岩瀬家は1804年(文化1)、岡本屋の祖・岩瀬正綱が奉行として竹田から明礬に移り、この山を含め土地の管理などを担っていた。ミョウバンは、江戸時代にも採取されていたのだが、火薬の原料となる硫黄分を含むことから明礬地区は岡藩の統制下におかれ、奉行である岩瀬家がそれを守る役目を負っていたと思われる。

明治期から湯の花採取を続ける

明治期に入り、明礬の一部が岩瀬家に払い下げとなった。それ以来、ミョウバン採取を続けている。火薬の材料としての用途もなくなったが、着物の色止めや漬物の着色、薬の原料としての需要が高く、大きな利益を上げていたようだ。しかし、中国から安いミョウバンが大量に入ってくると、輸入物に市場を奪われてしまう。
そこで、湯の花入りの入浴剤や石けんを開発すると、それが大当たりした。全国的に需要の高かった明礬の湯の花ではあったが、昭和の高度経済成長期に入ると様々な入浴剤や石鹸が市場に出回るようになり、競争が激化しシェアを奪われる形となった。

火薬の原料から着物の色止め、薬の原料、そして入浴剤へと湯の花の需要は移り変わった。それは、時代の変化に対応した結果でもあった。この変化への対応力が150年近くも続く老舗旅館の原動力になっているのであろう。

当然、明礬で獲れる湯の花の商品力、付加価値の高さも大きい。湯の花は、明礬温泉以外にも産地はあるが、明礬温泉の湯の花は、独自の製法によってつくられている。一般的に湯の花といえば、温泉の沈殿物をすくい上げたものである。一方、明礬温泉の湯の花は、湯の花小屋で作られる。明礬では小屋を建て、そこに地元で採れるミネラル分を豊富に含んだ青粘土を敷き詰める。温泉の蒸気が青粘土の中を通って上にミネラル分だけが生えるというものだ。この湯の花は水溶性なので、雨などによって流れてしまうのを防ぐためにワラブキの屋根が必要となる。

この製法は時間と手間を要し生産できる量にも限りがあるため、湯の花づくりを続けるのは負担も大きい。昔は、70軒ほどあった湯の花小屋も減り、今では、岡本屋など数軒を残すのみとなったこと。非常に貴重なこの製法は、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
それでも、コロナ前は、お土産などの需要もあり、生産が追いつかない状態が続いていた。

動いてみる

旅館業は、海外旅行人気やインバウンド需要の拡大に伴い新規参入が増加し競争が激化するなど外部環境の悪化がすすみ、伸子さんが現社長の岩瀬智昭さんと結婚した頃は赤字が続いていた。若女将として、なんとか岡本屋を良くしたいという思いは強かったが、効果的な解決策が打てない。
これまで以上に内部の充実を図るが、すぐに期待する程の成果を上げるのは難しい。そこで気づいたのは、「ここに岡本屋があるということを知らせないと、新しいお客様は来てくれない」ということだった。当たり前のことのようだが、150年近い老舗がそう簡単に新しいことに取り組むのは難しいことかもしれない。

確かに、PRなど広報活動をしなくても、リピーターや口コミで客が来てくれていた。いわゆる、待ちの営業で成り立っていた。しかし、今は、老舗といえども積極的な営業戦略と広報が必要な時代となった。情報の洪水の中で生きる我々は、どうしても新しい情報や刺激的な情報に意識が向いてしまう。だから、積極的な情報発信が不可欠な時代だといわれるのだろう。

岩瀬さんは、分からないなりに動くことから始めた。県や地元の関係団体、学校、PTAなどと積極的に関わりを持った。生来の明るさもあって地域に溶け込んで、つながりを広げていく。「私個人だったら受け入れてもらえなかった。『岡本屋の岩瀬さん』だから、皆さんがすんなりと受け入れてくださった」と老舗が築いてきた信用の大きさを感じた。

次第に、地元を盛り上げる活動にも関わるようになる。例えば、大分県のPR動画にも出演した。それは、結果的に岡本屋の広報にも役立った。「まさか自分が出るとは思っていなかったので、最初は戸惑いましが、認知度を上げるために」と出演を決めた。自身でもインスタグラムで旅館の魅力を発信するようになった。とにかく、良いと思ったことはやってみた。

SNSでの発信は、思いがけない広がりをみせることがある。日本のメディアやタレントなどがハワイでロケ、取材活動をする際のコーディネーターとして活動している大分出身の人が岡本屋を気に入り、自身のSNSで岡本屋に関することを発信してくれるようになった。他にも、多くの人がSNSで岡本屋を紹介してくれた。おかげで、旅館の認知度が期待以上に高まり宿泊客は順調に増えた。旅館の少し山手でグループ会社の有限会社明礬観光(岩瀬智昭社長)が経営する湯の花小屋と隣接する売店では、サンドイッチやうどんなどの食事やお土産の売上が大幅に伸びた。特に、岡本屋名物「地獄蒸しプリン」の売れ行きは供給が追い付かない程だった。

岡本屋の露天風呂。ミルキーブルーのお湯は、自然が生み出す神秘だ。
特別室「望天」。源泉かけ流しの内湯も備えている。

今できることをやろう

新しいことに取り組む際は戸惑いも覚えたが、「ある時から吹っ切れた」という。きっかけは、熊本・大分地震だった。地震が発生したときは、宿泊客や従業員、家族の安全確保や壊れた建物の修復など、やるべきことが一度に襲い掛かり、何をどうしたら良いのか分からなかった。しかし、「今できることをやろうと決めたら、あとは、みんながやってくれたんです」。例えば、お客が戻ってきた時に喜んでもらえるように、従業員が内装や壁塗りなどを手分けしてやった。そうしていると、従業員の表情に明るさが戻り結束も強くなった。「私がまとめたのではなく、リーダーシップをとれるマネージャーがまとめてくれたんです。スタッフがすごいんです」と笑顔を見せる。

岩瀬さんは、社長の智昭さんと共に旅館の復旧に追われながらも、地域の人たちと連携をとり、自分たちの状況を発信した。その活動に駆り立てたのは、地震にあった際、「人の役に立つことをしなければという思いを強く持った」ことだという。岩瀬さんは、地元の人たちとSNSを立ち上げたり、メディアに出演したりして「私たちは大丈夫です!」ということを発信しつづけた。

地震で受けた痛手は徐々に回復した。しかし、追い打ちをかけるように九州北部豪雨被害や新型コロナウイルス感染拡大防止のための行動制限、営業自粛で客足がほぼ途絶えるといった窮地に追い込まれる。日本中の観光産業が大打撃を受けた。今回もどうすれば事態が好転するのか、誰にも答えが分からないなかで、人々は苦しんだ。

岡本屋名物の「地獄蒸しプリン」。

アイドル活動で地元を元気にしたい

この時も岩瀬さんは、行動に出た。NHKから番組を作るためのアンケートを依頼され、伝えたい思いを回答用紙の記入欄が足りなくなるほど、びっしりと書いた。すると、2021年1月にNHK大分放送局が放送する「女将たちのおおいた彩発見」に出演することになった。県内で旅館を営む八人の女将と大分出身の俳優・財前直見さんとの座談会で、大分の魅力などを語った。

この番組がきっかけとなり、同年3月、アイドルユニット「OKM8(おかみエイト)」が結成されたのである。温泉地でホテルや旅館を経営する八人の女将で結成された異色のアイドルユニットは、大分内外から大きな反響を呼んだ。参加する女将は九重悠々亭(筋湯温泉)の古賀圭子さん、みくまホテル(日田温泉)の諌山節子さん、季の郷山の湯(宝泉寺温泉)の野田諭香さん、冨季の舎(由布院温泉)の冨永和美さん、新紫陽(天ケ瀬温泉)の高瀬順子さん、おにやまホテル(別府・鉄輪温泉)の上月明美さん、かじか庵(長湯温泉)の田嶋慶子さん、そして岡本屋旅館(別府・明礬温泉)の岩瀬伸子さんだ。

活動は主に、温泉地や祭り、地場産業を動画で紹介する「ご当地もの」動画を配信している。映像の企画や撮影、配信は地元の立命館アジア太平洋大学(APU)の学生がサポートしてくれている。動画では、女将たちが単にレポーターを務めるだけでなく、歌ったり、踊ったりしながら大分県内の観光地や郷土料理、祭りなどを楽しく紹介する。また、地場企業の職場体験や郷土料理づくり、田植えなど、様々なことに体当たりでチャレンジしている。女将たちの活動には、「地元を元気にしたい」という共通の思いがある。それは、地元で観光業に携わる人たちの思いと重なっている。女将たちの活動は、地元を守る戦いでもあるのだ。こうした女将たちの姿に励まされている人も多い。

楽しみながら

地元を元気にしようと活動する
「OKM8(おかみエイト)のメンバー。

初めは、旅館の認知度を高めることを目的とした個人的な取り組みだった岩瀬さんの広報活動は、多くの人とつながることで、地域を盛り上げ、元気にする役割を担うようになった。本業を抱えて忙しい日々のなか、地域のための活動を続けることは、旅館の仕事や個人の生活にとっても決して小さな負担ではない。社長であり夫である智昭さんの理解とサポートが、こうした活動を後押ししてくれているのだろう。

智昭さんに感謝しながら、「旅館業はいろんなお客様と直接お話ができ、喜んでいただけるやりがいのある仕事です。一方で、旅館は観光業にとって本当に大事な場所でもあります。災害やコロナの経験を通して、我々旅館やホテルがストップすると、生産者や関係者の皆さんまで止まってしまうということを実感しました。旅館は地域が元気にならないと成り立たちませんから、自分にできることを皆さんと一緒に続けていきたいですね。楽しみながら」と屈託のない笑顔を見せる。

逆風が強い時は、何もせずに風がおさまるのを待つという考えもある。しかし、飛行機は向かい風があるから高く上昇することができる。風がおさまるまで止まって待っていたら、墜落してしまう。向かい風でも上昇するには、より加速する必要がある。企業でいえば、試練にぶつかった時は、何もせずに禍が去るのをじっと待つのではなく、もがきながらも何か行動を起こすことだ。そして、同じ志や目的を持つ仲間と力を合わることで、個では乗り越えられない力を発揮できるということを、岩瀬さんの活動は教えてくれているようだ。

会社概要

名  称  有限会社岡本屋
住  所  大分県別府市明礬4組
      TEL.0977-66-3228
創  業  1875年(明治8)
代  表  岩瀬 智昭
事業内容  「別府明礬温泉 岡本屋」経営。入浴剤・化粧品販売。お土産品販売。売店経営。
URL    https://www.okamotoya.net/

Books  Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.140(2023年2月号)

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