弁理士よもやま話 ■加藤合同国際特許事務所 会長 加藤 久
立春も近い、雲一つない晴天のある日、クライアントを尋ねた。会社について車をとめ、周りを見渡すと、一面の麦の若葉に目を奪われた。麦の若葉に大きな躍動と生命力を感じるのは、子供のころ麦畑に囲まれ育った私だけであろうか。
「冬至 雪下麦を出だす」と言われるように、冬至のころ、人々の目に触れないところで密かに生命が芽生え、立春のころ、それが若葉となり一面を覆い尽くす。自然の偉大な営みを感じ、自分の中にも大きなエネルギーが沸き上がってくるのを感じる瞬間である。
ところで、「強く願えば必ず願いは叶う」というマーフィーの成功法則をご存知でしょうか? マーフィーに限らず、多くの偉人たちが「思いのエネルギー」を大切にしてきたように思う。本当に「強く願えば必ず願いは叶う」のであろうか。
例えば、二人の人が互いに相反することを考えたとする。一人は、この会社を大きく成長させたいと願い。もう一人は、この会社を小さくても良いから強い会社にしたいと、両者とも強く強く願ったとする。両方を同時に満たすことはできないのであるから、この場合、強く念じた方が実現するのであろうか。
ここでも良く話に出す、雑誌「致知」には、多くの素晴らしい人たちが登場する。想像を絶するような苦しみや悲しみを乗り越えた人が登場する。ただ、ここに登場される人以外に、苦しみや悲しみを乗り越えることができなかった多くの人が存在するであろう。
では、そのような人は、病気や苦しみ、悲しみを乗り越えたいと、強く強く思わなかったのであろうか、決してそんなことはないであろう。ある時は、神仏にすがってでも、親であれば子のために命を投げうってでも、病気や苦しみ、悲しみから逃れ、人並みの幸せな生活を送りたいと、強く強く願ったに違いないのである。
では、「強く願えば必ず願いは叶う」は全く根拠のない、嘘なのであろうか。
近年の脳科学は「人」に関しさまざまなことを明らかにしてきた。その中に、人は「自分を平均より優れている」と思う「優越の錯覚」あるいは「ポジティブ錯覚」と言われる心理的錯覚を持つことが分かってる。
「自分自身について優れていると思う心の仕組み」が、皆さんの脳内に埋め込まれているのである。そして、その錯覚の度合いが強い人ほど「何か」を成し遂げる傾向」が強いそうである。
確かに、「ポジティブ錯覚」は予想される多くの恐怖心に打ち勝ち、行動にかりたてる大きな要因であることは間違いない。一方、物事を悲観的に考える性質は、あるときは、生命や財産を脅かす事態から身を守る性質もあり、「ポジティブ錯覚」が生命の維持にとって必ずしも優位であるというものでもないらしい。
「強く願えば必ず願いは叶う」を信じ行動することで、何か神の意思のような他力的な力が作用して願望が達成されるのではなく、自らの「ポジティブ錯覚」の度合いを高めることで、願いの達成度が高くなるということなのであろう。
理屈はともかくとして、ひょっとしたら錯覚かもしれないが、私が、麦の芽に大きな希望を感じたこと自体は紛れもない事実であり、素直にその事実と向かい合い、また、自分自身の脳の特性を知り、「ポジティブ錯覚」を旨く活用して、願いを叶えていきたいと思う。
弁理士よもやま話 Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.130(2022年4月号)
プロフィール
加藤 久(かとう ひさし)
加藤合同国際特許事務所 会長
1954年福岡県生まれ。佐賀大学理工学部卒業後、福岡市役所に勤務。87年弁理士試験合格、
94年加藤特許事務所(現:加藤合同国際特許事務所)設立。2014年「知財功労賞 特許庁長官表彰」受賞、20年会長就任。
得意な技術分野:電気、機械、情報通信、ソフトウェア、農業資材、土木建設、無機材料、日用品など。
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