Books ■株式会社梓書院 取締役 前田 司
「読むことは、書くことに劣らぬ創造性を持つ」とは本書の言葉であるが、まさにそのことを実感する1冊だ。本は読まれることによって完成する。本の価値は相対的であるが、読者本人と本との間には、普遍的な創造的価値が生じるものである。
本書をひらくと、静寂が身を包み、ゆっくりと時が流れていく非日常的な空間が広がっていく。そのしっとりとした時間のなかで、あなたはなにを思うだろうか。日々に追われ、心にゆとりがなくなっているとき、本書は静かな時間のなかで、人生を俯瞰する余裕を授けてくれるだろう。あなたが悲しみに暮れるとき、そっと寄り添ってくれるだろう。
悲しみを題材にした26編のエッセイは、人生の御守りのよう。これから先、何度読み返す日が来るだろうか。その日が来ないことを願いたい。しかし、悲しみの先にしか見れない地平があり、新たな「わたし」がいる。人はみな、悲しみと共に生きている。忘れたのではない。悲しみに新たな生を見出し、共に生きていくのである。 日本人は古来から歌をよく詠んだ。やるかたない想いは歌にのせて、あらたな生を育んでいたのかもしれない。人はみな心のなかに詩人を飼っている。ふだんはひっそりとたたずみ、沈黙すると、静かに語り出す。そんな詩人を誰もが胸に宿している。声にならない言葉は、詩となってはじめて私に語りかけてくるものだ。内なる声は、文字という叫びになって私に私を思い出させてくれる。本書は静かにそれを教えてくれる。
Books Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.104(2020年2月号)
プロフィール
前田 司(まえだ つかさ)
株式会社梓書院 取締役
福岡市出身、福岡大学人文学部卒。2009年福岡の出版社・株式会社梓書院入社、取締役部長を務める。漫画原作家。踊る編集者としてラテンダンス(カシーノ)の普及にも勤しむ。
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