Books ■株式会社梓書院 取締役 前田 司
「つれづれなるままに、日ぐらし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」
中学・高校の古文の授業で暗唱された方も多いだろう。244の章段からなる兼好法師(吉田兼好)の「徒然草」は、その読みやすさから、古文の入門文としてよく取り上げられている。
「徒然草」といえば、「無常の文学」「随筆」と教えられ、そういったイメージを大多数の方がお持ちであるだろう。ところが、「徒然草」は誕生してから700年以上の歴史のなかで、さまざまな読まれ方をしてきた歴史がある。たとえば冒頭の「つれづれ」ひとつとっても、「退屈だ」という意味で解釈されていた時代もあれば、「寂寥」と解釈された時代もある。そもそも「つれづれ」に「徒然(とぜん)」と漢字をあてたのも、後年になってからである。
徒然草には「秘伝」が隠されていると、仰々しく読み継がれていたこともあれば、恋の指南書として読まれていたこともある。儒者も、国学者も、僧侶も、それぞれの立場から「徒然草」を解釈し、講釈してきた。徒然草は、時代時代によって、実に多様な解釈、多様なシーンで読み継がれてきたのである。
古典にあって現代文学にない魅力のひとつは、「読み継がれてきた歴史がある」こと。同じ作品でも、時代によってさまざまに解釈されてきた歴史が、そのまま作品を豊かにしているのだ。700年の時を超えて愛され続けた名著の解釈の変遷を辿ったうえで、あらためて現代の価値観で読み直すのもまた一興であろう。
Books Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.110(2020年8月号)
プロフィール
前田 司(まえだ つかさ)
株式会社梓書院 取締役
福岡市出身、福岡大学人文学部卒。2009年福岡の出版社・株式会社梓書院入社、取締役部長を務める。漫画原作家。踊る編集者としてラテンダンス(カシーノ)の普及にも勤しむ。
コメント