老舗の知恵 ■老舗の知恵 西吉田酒造株式会社 7代目・吉田 元彦 氏
多彩な原料を麹で発酵させて造った蒸留酒である焼酎は今日、清酒と共に日本を代表するお酒として海外にも広がっている。一九世紀末期から福岡県筑後市で酒蔵を構える西吉田酒造株式会社は、清酒どころの福岡県内では珍しく焼酎専業の酒造メーカーだ。老舗としての〝伝統〟を重んじる一方、新商品開発やマーケティング面で〝革新〟的な焼酎造りに取り組む。
江戸時代から続く稲作と焼酎造りの関係
日本有数の米どころ・麦どころである筑紫平野においては、昔から稲作と焼酎造りは密接な関係にあった。江戸時代、清酒造りで生じた酒粕は良好な肥料とされたものの、そのままだとアルコール濃度が高くて使えなかった。このため、農民らは酒粕を蒸留してアルコールを抽出することで肥料にしていたのだ。そして、蒸留して抽出したアルコール自体は、『早苗饗(さなぶり)焼酎』と呼ばれ、別名・粕取りとも言われる焼酎だ。農民らがつくった焼酎は庄屋預かりとされて、田植え後や祭りなどで村中に振舞われていたという。
肥沃(ひよく)な土壌と筑後川水系の水源に恵まれた筑紫平野の地で1893年(明治26)1月に吉田焼酎製造所として創業した西吉田酒造株式会社は、福岡県内で珍しい焼酎専業蔵だ。
現当主である7代目の吉田元彦氏から数えて、四世代さかのぼった高祖父である吉田又平が初代となる。吉田家では、かつて本家筋で清酒造りを手掛けていたため、分家筋にあたる又平は焼酎造りに乗り出したと伝わっている。
創業から1世紀余りの歳月には、幾多の災害や戦禍、経済危機も起きた。筑後の地において焼酎を造り続ける西吉田酒造は、火災や台風被害などに遭遇し、さらに前身だった吉田焼酎製造所の分裂という危機も経験している。分裂した結果、「西吉田」と「東吉田」という2つの蔵元が、並び立つ事態も起きたのだ。
1959年(昭和34)に株式会社への改組時には、西吉田酒造株式会社という社名になったものの、その後、東吉田は地元酒造会社に経営統合された。
世界的なソムリエも認めた、蒸留法による2つの味覚
「伝統と革新の調和した焼酎造り」――。19世紀末期に創業して、激動の20世紀を経て、21世紀を迎えた老舗の焼酎蔵元を舵取りする元彦氏は、焼酎造りの伝統を重んじながら、革新的な挑戦に取り組み続ける。焼酎専業蔵として創業して以来、焼酎造りを長年手掛ける西吉田酒造にとって、代名詞となる商品ブランドは、本格麦焼酎『つくし』だ。同商品では、同じ原料や黒麹を用いて同様に発酵させながら、蒸留方法の違いで異なる2種類の味わいをつくり出す。従来主流だったあっさり系のライトテイストに仕上がる減圧蒸留を用いた『つくし白ラベル』に加えて、個性的でヘビーな味わいに仕上げる常圧蒸留を採用した『つくし黒ラベル』という商品コンビだ。
大学卒業後、大手食品卸の国分に勤務した後、家業へ戻った元彦氏は、東京都内の酒販店や飲食店への営業で回る中で、「一般の人たちがワインや日本酒について語るような話題や知識が、焼酎に無い」ということに気づいた。そして、焼酎をネタに〝15分語り合う特別なお酒〟造りへの挑戦が、蒸留方法の違いで2種類の味わいを提供する『つくし』の誕生となったのだ。2000年代初頭での本格焼酎ブームが巻き起こる前夜、筑紫平野にちなんで『つくし』と名付けた期待の新商品は発売当初、まったく売れなかった。
しばらくすると、東京・青山や六本木などの高級和食店から急に注文が入り始めた。後に明らかになったのは、世界的なソムリエであり、大の焼酎党でもある田崎真也氏が、『つくし黒ラベル』『つくし白ラベル』の存在に注目し、主宰するワインスクールにおいて紹介していたのだ。
さらに東京・六本木で自ら経営する飲食店のドリンクメニューとしても採用していた。店内では、焼酎の量り売りしながら、しっかりした味わいの黒ラベルには肉料理、あっさりしたテイストの白ラベルには魚料理を組み合わせて、お酒と料理を楽しむスタイルだった。田崎氏のお店での取り組みに感銘を受けた元彦氏は、「肉に黒。魚なら白。食事に合わせた焼酎選びが、さらに料理を引き立ていく」との新たな提案に力を入れていく。
なぜ、老舗焼酎藏は海外市場を目指すのか
2021年(令和3)5月、全米最大のアルコール飲料専門の品評会であるサンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティション(SWSC)において西吉田酒造の焙煎麦焼酎『金太郎』が最優秀金賞のダブルゴールドとSWSC最高栄誉であるベスト麦焼酎を受賞した。
また、同年7月には、日本で唯一、日本人の繊細な味覚で世界のウイスキーやスピリッツを審査する東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)で西吉田酒造の『はだか麦焼酎初潮』が金賞を受賞した。
いま、西吉田酒造が力を入れている新分野での新たな商品群の1つが、麦を原料に用いた焙煎焼酎だ。麦の焙煎方法として、大麦の一大生産地である福岡県において昔から盛んな麦茶づくりの焙煎技術を取り入れた。焙煎した大麦を原料に独特な芳ばしさを持つもろみに仕込んでビターチョコレート風味に仕上げた麦焼酎である『金太郎』は、主に海外市場向け商品だ。「今後、日本の人口は長期的に減少していく。一方、世界のマーケットは拡大していく、これからは世界の人たちにも日本人が日本で造った伝統的な蒸留酒を評価していただき、愛飲される。そんな商品をつくっていきたい」と考える元彦氏は15、6年前から海外市場の開拓に取り組んでいる。
約10年前からアメリカ・ニューヨークの飲食店や酒販店の店頭に同社の商品が並ぶようになった。ニューヨークの日本食レストランで『金太郎』のグラスを傾けた1人が、人気コメディアンだった故志村けん氏だ。「伝統的な技を受け継ぎながら、新しい技術や新たな切り口で、これまでにない焼酎造りへ挑戦していくことで新たな焼酎の世界を知っていただきたい」とする老舗の7代目による挑戦は、尽きるところを知らない。
<会社概要>
名 称 西吉田酒造株式会社
創 業 1893年(明治26)
代 表 吉田 元彦(7代目)
住 所 福岡県筑後市大字和泉612
TEL0942-53-2229
事業内容 焼酎製造業
URL https://nishiyoshida.jp/
老舗の知恵 Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.124(2021年10月号)
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