Trend&News ■特定非営利活動法人 在宅就労支援事業団
国立大学法人熊本大学はこのほど、熊本市東区の在宅就労支援事業団(熊本市東区、田中良明理事長)が提供するサテライト施設にオフィスを開設した。同施設にサテライトオフィスを開所した国立大学は広島大学に次いで2例目。障害者の雇用に向けた訓練と採用後の仕事場として活用する。今回のサテライトオフィス開設を受けて、他の国立大学や私立大学からの施設利用が増え、在宅就労支援事業団は新たにサテライトセンターを建てたが、すでに施設の収容能力を超えそうな勢いだ。
国立大学としては2例目
今年2月、熊本大学(熊本市)が在宅就労支援事業団(以下、事業団)の運営するサテライトオ施設にオフィスを開所したことを地元テレビや新聞で報じられ話題となった。事業団の施設を利用する国立大学は2023年1月の広島大学に次いで2例目である。熊本大学は、就職を希望する第一期生四人に対し、事業団と連携して業務習得のための訓練をサテライトオフィスで実施している。訓練の内容は、データ集計や入力業務。早ければ六月から大学の職員として採用される予定で、採用後は大学が所蔵する書類のデータ化に取り組む。

採用後は、それまで通りサテライトオフィスで仕事を続けるが、スキル向上が見られ環境が整えば在宅への移行も進める。在宅とサテライトとの混合なども可能である。本人の体調や希望に合わせ、労働時間も週10時間から働けるよう場所や時間など自由度の高い環境で働くことになる。1期生の採用が決まれば、第2期生の訓練に入り切れ目なく訓練と雇用を続ける予定である。それほど大学での需要が多いということだろう。
安定した業務が大量にある
同大学は、前身である旧制五高時代に文豪ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)や夏目漱石が教鞭をとったことでも知られる教育機関として長い歴史を有す。そのため、年々増える書類の保存や保管場所の確保などが課題の1つでもあった。こうした書類の保存にはデジタル化が有効であるとして、国もデジタル化を推進しているが、膨大な紙の書類を読み込んでデータ化するためにはかなりの人手と時間を要する。
そこで熊本大学はまず、こうした保管書類をデータ化する業務を障害者に任せることからはじめ、徐々に切り出せる仕事を増やしていくことでデータ化の促進と障害者雇用を両立したいと考えている。「熊本大学が保管している膨大な書類のデータ化は、それだけで数十年続く仕事になりそうです。障害者にとって、大学への就職という道が開けたことは非常に大きな意味を持ちます」と相好を崩すのは、事業団を創業し理事長を務める田中良明さんである。

事業団は、25年にわたって大手から中小まで多くの企業が求める人材を訓練し、障害者が在宅で働くことができる環境整備と就労支援に尽力してきた。そのなかで、「障害の種類によって特性は異なりますが、急激な、或いは、大きな変化は負担が大きく、その傾向は精神障害を持つ人に顕著だといえます。この負担を取り除くか軽減しなければ、企業への就職を果たしても長続きしない」と田中さんは、これまでの経験で確信持つようになった。企業に通っての就業では、一緒に働く人や環境が変わることでストレスを感じるし、自宅で仕事をする場合は一人でいることに不安を覚える。企業側としても、在宅になるとフォローが行き届かないことに対する不安と、そもそもどのように接したら良いのかという教育や受け入れ態勢が不十分である。結果、ミスマッチを引き起こし障害者の定着率が低いという悩みを抱えている企業も多い。
遠隔でサポートするテレナーシング
こうした現状を現場で見てきた田中さんは2023年(令和5)春、本部施設内にサテライトオフィスを開設した。ここで企業が求める知識や技術を身に付けてもらうわけだが、このサテライトオフィスは、それまでの環境と同じ環境に通うためストレスを感じることも少ない。また、施設職員がサポートしてくれるため企業側としても安心である。さらに、オプションでグループのNPO法人リンパカフェによるテレナーシングも活用できる。テレナーシングとは、ICT(情報通信技術)を活用して健康状態の確認や相談、サポート業務を行う。例えば、かかりつけ病院に自分の症状を上手く伝えられない障害者がいる。その場合、「かかりつけ医に対して受信の際には、このように言われた方が良いですよ」とアドバイスしたり書類を用意したりする。また、指定された薬をきちんと飲んでいるか。食事や生活の状況など健康に関するサポートを遠隔で行う。医療や介護、福祉の業界の経験者などが、専門知識を生かしてサポートしてくれるというものである。
昨年1月からサテライトオフィスを開設した広島大学は、テレナーシングを併用している。6月に第1期生5人を職員として正式に採用したが、訓練開始から1年以上経過した今年四月末時点での離職者は1人もいない。定着率の低さが指摘される障害者雇用において、これだけの定着率の高さを可能にしたのは、サテライトオフィスの仕組みに加えてテレナーシングによるサポートがあるからだと言っても過言ではない。事業団が作り上げたサテライトオフィスとテレナーシングを組み合わせたサポート体制によって、障害者が長く務めることがきる環境が整ってきたといえるだろう。
田中さんは、「環境が変わらないサテライトオフィスで、同じ業務に長年携わることができる大学の仕事は、精神障害を持つ人にとってストレスが少なく従事しやすい仕事」だと感じている。大学には書類のデータ化など変化の少ない、あるいは変化の緩やかな内容の仕事が長期間にわたってあることが分かった。つまり、熊本大学、広島大学で取り組んだ同様の需要が他の大学にもあるということだ。国公市立大学だけでなく私立大学まで含めると、全国にはかなりの数の大学が存在する。それだけ障害者が活躍する場があるということが分かったのである。
2階建てサテライトセンターを新築
熊本大学や広島大学の業務に従事した人は、その経験を生かして他の大学の仕事を受けることもできるし企業で働くという選択肢もある。これから仕事を覚える障害者や実際に働いている障害者に対して、指導者やサポーターとして自分の経験やノウハウを生かせる機会もあるだろう。定年後であっても仕事ができるなど、可能性は広がるに違いない。
そういう意味で、今回の熊本大学、先にスタートした広島大学の取組みは非常に大きな影響を与えたようだ。広島大学、熊本大学の動きは、全国の大学、教育機関、行政機関から注目を集め問合せや視察が急増した。
この動きからサテライトの需要の大きさを実感した田中さんは、他の大学などからの要望もあり、本部近くに2階建ての「サテライトセンター」を建設、このほどセンターが完成した。サテライトオフィス用ブースを3室用意したが、既に、大学関係の利用が決まり3室とも埋まっている状態だという。新たに別の大学からの問い合わせも増えていることから、1つのサテライトブースを午前と午後に分けるなどして、2つの大学でシェアするような対応も検討しているようだ。

さらに、サテライトオフィスの進化版として検討しているのが、大学側がサテライトオフィスを出すが、訓練生は自宅などでオンラインを活用し訓練を受け、大学に就職した後も在宅で仕事を続けるという仕組みである。その要として機能するのがサテライトオフィスだ。この仕組みが出来上がれば、地震や水害といった自然災害を被った場合でも、自宅や避難所など地元に残って働くことのできる環境が整うことになる。日本は、毎年のように地震や水害などの自然災害が発生している。こうした地域で被災した障害者の中には、サテライトオフィスに通って訓練を受けることができない人も多い。そこで、サテライトオフィスが大学と障害者を結ぶ役割を果たすというものだ。
事業団はすでに、登録者の訓練を通信で行い、管理することができるシステムを開発し運用していることから、オンラインでの教育訓練と在宅での就業者のサポートについてはノウハウも実績も積み上げている。今回の仕組みが出来上がれば、どこにいても障害者は大学の仕事に従事することができるわけだ。 大学への道が開かれたことは、大学、障害者双方にとって大きな意味を持つ。これから、この仕組みを採用する大学はさらに増えることになるだろうし、この仕組みが今後の標準になる可能性は大きいといえる。
大学ブランドとの競争
一方で田中さんはある懸念を抱いている。それは、地場企業が大学と比較されるようになるということである。田中さんも「これから就職を希望する人には大学希望が多いですし、本人以上に大学入りを切望する親御さんが増えています。企業で働いている障害者の中にも、大学で働くことを希望する人がいます。仕事内容に加えて、大学のブランドが障害者にはより魅力的に映るのでしょう。この傾向が強くなれば、民間企業にとって障害者雇用はこれまで以上に難しくなります。特に、地方の中小企業の採用はより厳しさを増すかもしれません」と警鐘を鳴らす。
障害者雇用率は上がり続けていることから、対象企業は障害者の確保に躍起になっている。東京など大都市の大企業が地方の障害者を大量に雇用するようになったため、地方の中小企業が障害者を募集しても人が集まらないという現象も起きている。今までは、地方の企業よりも全国あるいは世界的に名の知られている大手企業を志望する傾向が強かったが、これからは、大手企業よりも大学を志望する人が増えるかもしれない。
昨年6月時点で、福岡県内の法定雇用率の対象となる従業員40人以上の企業で、国が定める2.5%を達成できなかった企業や団体は約2,700社にのぼる。法定雇用率は、令和8年4月から2.7%に引き上げられることから、さらに多くの企業や団体が未達成となることが懸念されている。
未達成企業が多いのは事実だが、それを企業側の努力不足だと切り捨てるわけにはいかない。採用したくても、「どの業務を切り出せばいいのか」「受け入れ態勢をどうすれば良いのか」など分からないことが多いというのが、企業の言い分であるようにも感じられる。

大学の成功事例を企業にも応用
田中さんは、「大学での就業の道が出来たことは、企業にとっても利益になる」とみている。大学は今後、障害者に手掛けてもらう仕事の切り出しを進めていく。そうして切り出される仕事の多くは、企業の中にもある。つまり、大学での成功事例は企業や団体が切り出せる業務にもなり得るということだ。そうなると、障害者が活躍できる機会はこれまで以上に増えることが期待できるわけだ。
こうした流れを支える1つが、事業団が推し進めているサテライトオフィスとテレナーシングであろう。このモデルを活用すれば、他の福祉事業者や一般企業も新規事業として取り組めるかもしれない。田中さんも「私たち単独で需要の増加に対応するには限界があります。今後は、私たちが作り上げた仕組みとノウハウを広げるためにも、志のある施設や企業さんとの連携を視野に入れていく必要があるかもしれません」と語る。
企業にとってもビジネスチャンスとなるであろう。しかし、福祉事業に取り組む際には、売上や利益優先では長続きしないように思える。やはり、「公に資する」考えを持つ経営者に取り組んでいただきたい事業である。心ある企業や団体が障害者の就労支援に取り組み、誰もが働きやすい社会をつくってもらいたいと願っている。
組織概要
名 称 特定非営利活動法人 在宅就労支援事業団
(内閣府認証 厚生労働大臣登録)
住 所 熊本市東区下南部1-1-72
設 立 2003年4月
事業内容 就労移行支援事業、就労継続B型事業、定着支援事業
拠 点 全国20ケ所(事業団グループ)
URL https://jigyodan.or.jp/
Trend&News Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.167(2025年5月号)
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