神社訪ねある記 ■箱嶌 成風 與止日女(よどひめ)神社(佐賀市大和町)
トンネルを 抜けて 肥前路 早稲(わせ)の風
福岡市から国道263号線を室見川を右手に見て背振山地を登り、嘉瀬川沿いに佐賀市に降っていく。その分水嶺に三ツ瀬トンネルがある。巨鯨にのみこまれるようにこのトンネルに入った。総長5.7キロの長い長い鯨の腹の中を宇野さんと車で走り抜けた。やっと明かりが見えてきて出るとすぐ峠の料金所があった。ここより真っ青な秋天の肥前路を南下していく。道の左右に棚田が幾枚も連なっている。一枚ごとに田の色の濃さが違っていた。稲の熟れが同じでないからだろう。
車窓を開けると木々に隠れて川の瀬音が聞こえてくる。なぜか懐かしい早稲の青甘い香りにリフレッシュされ心が浮き立ってきた。曲がりくねりながら嘉瀬川の清流に沿って走ると濃緑(こみどり)の川上峡に架かるパステル画のような赤い骨組みの鉄橋が見えてきた。
「宇野さん、あの橋を渡りませんか。すぐ下に與止日女(よどひめ)神社がありますよ」
「よし、寄ってみましょう」

実は今日は佐賀市鍋島にある五龍神社を訪ねる予定であった。日本の田中姓の歴史を研究する宇野さんには古代の田中一族が祀った五龍神社は大きな研究課題だった。途中、赤い鉄橋を渡ったばっかりに、與止日女神社の乙姫様に吸い寄せられてしまった。神社は嘉瀬川のもっとも広い流域に接している。一の鳥居を潜って玉砂利を踏んで境内に入ると楠の巨木がうねるように嘉瀬川の流れにせり出していた。入り口からずっと奥まで楠の巨木が並んでいる。足もとから力強さを感じさせるお社である。巨木の下に「金精(こんせい)さま」と読まれる案内文が掲げてある。女性の陰を示す裂け目の上に男性の陽のものをかたどった自然石が力強く立ち上がってしめ縄が掛けられていた。ここまでくると卑猥さを通り越して古代人の生産への信仰を素直に感じさせられた。今はもうマシュマロだが青春期の抑えようのないバネを思いだし苦笑した。子宝に恵まれなかった與止日女神様がこの岩に触れ玉のようなお子様に恵まれたそうである。幾組かのアベックが真面目に手を合わせていた。
肥前一之宮と書かれたご神殿にお賽銭を投じ二礼二拍手、子宝よりも商売繁盛を願った。すぐ左手にある社務所に社歴をお尋ねによったら、禰宜(ねぎ)の山崎正嗣氏に「お上がりください」と声を掛けられた。そのつもりではなかったので儲けものだとばかり上げて頂いた。



「宮司の父が外出していますので、禰宜の私がお話しいたしましょう」と快活な口調で神社の来歴をご説明いただいた。禰宜とは会社で言えば専務取締役にあたると後で知った。
「欽明(きんめい)天皇の御代(西暦564年)に建立されまして竜宮城の乙姫様をお祀りする水神、農耕、交易の神社です。肥前一之宮の尊称を頂いております」と言われた。
潮の干満をコントロールする乙姫様の干珠(かんじゅ)、満珠(まんじゅ)の二珠が納められているそうだ。その宝珠が有明海の六メートルもの干満の差を作り出すエネルギーはすごいものだ。徐福(じょふく)伝説や大陸からの移民や宋(そう)との交易、有明海の役目は大きかったにちがいない。
「肥前風土記によりますと日本武尊命(やまとたけるのみこと)がこの大楠を見てここは栄(さか)えの国と宣(のた)まった。それで佐賀の地名が着いたんですよ。その大楠が江戸末期、落雷によって根元が焼けましてね」
ご本殿の脇で見た焼けた巨大な根がその大楠であった。武雄の川古(かわご)の大楠とか佐賀には楠の巨木が今も限りなく成長している。初夏のころ真っ青な新緑の楠の巨木に覆われた與止日女神社は生命の輝きを放っているにちがいない。また、ナマズが女神のお使いと言われている。賀茂神社もそうだったようにこの辺の人はナマズは食べないそうである。門前にも川の流れに沿っても「白玉饅頭」のお店が軒を並べていた。神社の干珠、満珠の珠をかたどっているのではないだろうか。食べたら干満のエネルギーを貰えるのかも知れない。
「今度は五龍神社に参りましょう」その時は、また、乙姫様の魅力に抗しきれず赤い鉄橋を渡るに違いないと思っている。



與止日女神社
住 所 佐賀県佐賀市大和町大字川上1-1
創 建 欽明天皇25年(564年)
御祭神 與止日女命 (よどひめのみこと)
UEL https://yodohime-jinja.jimdofree.com/
神社訪ねある記 Bis・Navi(ビス・ナビ)Vol.160(2024年10月号)

著者:箱嶌八郎(成風) 氏
有限会社タオコーポレーション・風水家相タオ設計工房主宰。
福岡市生まれ。当仁小、中学、修猷館高、早大卒。
西日本新聞TNC文化サークル・風水教室講師・もの書き屋・エッセイスト。
・第23回森鴎外記念北九州市自分史 文学賞
・第50回福岡市文学賞
・第3回子母沢寛文学賞「愛猿記賞」 等々大賞受賞。
著作:「されど風水」あり。

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