Trend&News ■特定非営利活動法人 在宅就労支援事業団
今年4月(2024年4月)から障害者雇用率が2.5%に引き上げられた。事業主は、従業員40人に1人の障害者を雇用しなければならない。こうした目標数値を国が設定しても、多くの企業が目標を達成できない。この現実に対し、特定非営利活動法人在宅就労支援事業団(熊本市、田中良明理事長)は、企業と障害者の間に立ち、幾つもの課題を解決してきた。

納付金だけを払い続けることにも?
「このままだと、地方の中小企業の多くが国に定められた障害者雇用率を達成できずに、納付金を払い続けることになるかもしれません」と警鐘を鳴らすのは、20年にわたって障害者が在宅で就労できるよう教育訓練や企業・団体への就労を支援してきた在宅就労支援事業団(以下、事業団)理事長の田中良明さんである。
田中さんの不安を理解してもらうため、障害者雇用の歴史について触れておきたい。国は、障害を持つ人が働く機会の創出を目的に障害者雇用制度を設けた。「障害者雇用促進法」を制定し、1976(昭和51)年からは一定数以上の従業員を雇用する企業や独立行政法人などの団体(以下、事業主)に対して、障害者の雇用を義務づけたのである。対象となる事業主は、その従業員数に対して国が定めた法定雇用率を守るよう定められた。
法定雇用率は当初、1.5%であった。67人につき1人の障害者を雇用する義務が生じる。その後、徐々に引き上げられ1988(昭和63)年に1.6%、1998(平成10)年に1.8%、2018(平成30)年には2.2%と2%台に乗った。2021(令和3)年には2.3%、そして、今年(令和6)4月1日から2.5%に引き上げられた。2.5%ということは、40人に1人の障害者を雇用する義務があるということである。2026(令和8)年には2.7%に引き上げられる。
法定雇用率を達成できない事業主は、国に納付金(罰金)を納めなければならない。その対象は、100人以上の従業員を雇用する事業主で、納付金は1人につき月額5万円。仮に、年間を通して3人の不足があった場合、月に15万円、年間で180万円の納付金を支払わなければならない計算である。
法定雇用率が引き上げられれば、より小規模な事業主も適用の対象となるが、同時に大手企業が雇用すべき人数も増えることになる。例えば、従業員300人を雇用する事業主の場合、法定雇用率が1.5%では4.5人だった。それが、2.5%に引き上げられた今年、雇用義務の人数は7.5人に増えたことになる。
そのため、東京はじめ関東や関西の大都市では雇用対象となる障害者が不足する事態となり、不足している人材を地方に求めるようになった。障害者の多くも知名度の高い企業に入りたいと希望する。こうして、地方の障害者が関東、関西の大手企業に採用される事例が増えた。その結果、地元の中小企業が採用に苦戦する状況が生まれている。冒頭の田中さんの不安は、こうした現状に現場で接し感じたものである。
「どうすればよいか分からない」
しかし、地方の中小企業や団体が障害者雇用率をクリアできない理由は、それだけとは限らない。地方の中小企業・団体の多くが、「障害者を雇用するためにどのような準備をすればよいのか分からない」、「どんな仕事を任せればいいのか分からない」「採用したことはあるが、定着しない」などの悩みを抱えているのだ。こうした中小企業が抱える悩みを解決できなければ、地方の中小企業・団体は、毎月納付金という名の罰金を支払い続けなければならないことにもなるだろう。
そのような状況を改善するためか、国は今年四月から改定障害者雇用促進法を施行した。これまで、法定雇用率の算定では、週30時間以上の勤務ができる人を1ポイント(1ポイント=1人)、週20時間~30時間働くことができる人を0.5ポイントにカウントしてきた。それを、今年の4月からは週10時間~20時間の勤務(超短時間雇用)ができる人も0.5ポイントにカウントできるよう改定しのだ。対象となるのは、重度の身体障害と重度の知的障害、精神障害を持つ人である。
今回の改定は、精神障害を持つ人の割合が近年増加していることに配慮されているようにもみえる。実際、2011(平成23)年と2022(令和4)年の障害者数の増加を見ると、全体では2011年の787.9万人から2022年の1164.6万人へ367.7万人増加している。内訳は、身体障害者が393.7万人から423万人へ29.3万人の増加。知的障害者が74.1万人から126.8万人へ52.7万人増加。精神障害者は、320.1万人から614.8万人へ294.7万人と大幅な増加を示している。2022年には、精神障害者者が全体の約53%を占めているのである。

ハローワークと連携して求人活動を支援
4月は「障害者雇用相談援助成金」制度もスタートした。先に上げたように障害者雇用が思うように進まず、納付金を払っている事業主を対象にしたものである。4月から法定雇用率の引き上げと併せて超短時間雇用の導入や障害者雇用相談助成金制度がスタートする背景には、慢性的な労働力不足を補う目的があるようにも思える。これまで、障害者の職業訓練や就労移行については福祉行政が担ってきたが、歯止めのかからない少子化から様々な業界で人手不足が深刻化している。そのため、障害者の就労を促進し働き手として日本経済を支えてもらいたいという思いから、障害者雇用に労働行政が動き始めたとも考えられる。
障害者の企業や独立行政法人などの団体への就労移行支援は、社会福祉法人やNPOなどが担ってきたが、近年は事業主からハローワークに直接、募集を出すケースが増えており、その傾向はいっそう高まっている。この助成制度は、ハローワーク(労働局)と労働局から認定された「障害者雇用相談支援事業認定事業者」が一体となって障害者の雇い入れや雇用管理に関する相談事業を行い、ハローワークに障害者雇用の求人票を提出するところまでをサポートする。サポートは一事業主に対して1回だが、障害者の就労が進むものと期待できそうだ。この相談事業は、認定事業者の活動を国が助成することから、事業主は無料で相談やサポートを受けることができる。
事業団は、今年7月11日付で、認定事業者の認可を受けた。この事業者認定を受けている福祉事業所やNPO、民間企業などは、まだまだ少ないため求人活動を行う企業や団体も知らないケースが多いようだ。田中さんは、「これまで、多くの事業主から依頼された障害者の職業訓練と在宅就労支援のノウハウを生かすとともに、ハローワークと連携して事業主の求人活動をサポートし、一人でも多くの障害者が地元企業へ就労できるよう努めたい」と意欲を見せる。
今回の助成制度で、地方の事業主が障害者を雇い入れる機会が増えるものと期待が持てる。しかし、解決すべき課題も残る。ミスマッチによる離職率の高さである。雇用できても定着しなければ、採用活動を繰り返さなければならない。事業主にとっては、その分負担が増えることにもなる。田中さんは、「精神障害者の数が急激に増加していますから、今後は、事業主が雇用する障害者の多くが精神障害を持つ人たちになります。身体障害者を雇用する場合、職場で車いすが通るための通路や机周りのスペースの確保、トイレの整備、バリアフリーの推進といった移動をスムーズに行えるようにするための配慮が必要になります。精神障害者を雇用する場合は、相談体制の整備、精神疾患の人たちは季節によっても体調に変化が起きやすいため体調管理などが重要です。障害の種類や程度に合わせて寄り添うことが求められます」と語る。
広島大学がサテライトオフィスを活用
このような状況で注目されているのが、事業団が昨年8月(2023年8月)に開設したサテライトオフィスである。コロナ禍でリモートワークが広がり、企業と家庭の中間的な機能として注目を集め、サテライトオフィスの件数は増えたし、障害者が働くサテライトオフィスも広がった。
一方、事業団が開設したサテライトオフィスはこうした施設とは一線を画す。最大の特徴は、施設の中にサテライトオフィスを開設したことであろう。事業団が所有する熊本の本部施設の中には、訓練施設が設けられているがその隣にサテライトオフィスを併設した。同じ施設内のため働く人は、いつもと同じ環境でいつもと同じスタッフがサポートしてくれる。この環境は障害者にとって大きな安心となるし、雇用する側にとっても施設の専門スタッフが利用者の状況を把握してフォローもしてくれるため、事業主の負担は大幅に軽減される。多くのミスマッチも解消され、結果として、定着率も高まることになる。
田中さんも「障害者、特に精神障害者にとって環境の変化は大きなストレスになります。そのストレスを取り除くことが、障害者本人だけでなく事業主にとっても良い結果を生むようです」と語る。
田中さんの言葉を裏付けるように、事業団が開設したサテライトオフィスは開設前から注目を集め、熊本県内外の自治体や企業からの問い合わせ、視察依頼が途切れないという。国立大学である広島大学がサテライトオフィスを利用していることも大きな関心を呼んだようだ。広島大学は障害者雇用に積極的に取り組んでいる。熊本のサテライトオフィスの利用を決め、2023(令和5)年1月から訓練を開始し、今年6月に第1期生として5人(熊本県内在住者4人、鹿児島県内在住者1人)を職員として採用した。



採用された職員は、週10時間、20時間、30時間の3種類から自分にあった働き方を選ぶことができるという。「広島大学では、週10時間からスタートする人もいれば、20時間からスタートする人もいます。そして、次年度の更新時に20時間から10時間に戻す人もいれば、体調が良いからと10時間から20時間への引き上げを希望される方もいらっしゃいます。これは、広島大学が障害者の特性を良く理解しているからこその仕組みでしょう。行政関係や民間を問わず、広島大学さんの取り組みを知りたいという声は多いですよ」と田中さんも高く評価している。五人は今後、サテライトオフィスで就労しながら、状況をみて在宅勤務へ移行することもできる。広島大学はこのモデルで今後もサテライトオフィスを活用した障害者雇用の在り方を模索していくようだ。
サテライトオフィスの需要が拡大
サテライトオフィスの需要が増加したことに伴い、事業団では本部近くに本部とは別に新たな事務所棟を建設する。完成は年内を見込む。この施設でもサテライトオフィスを4ブース設け、感染症や薬害の被害を受けた人たちも働くことができるよう環境を整えたいと考えている。「1年間サテライトを使ってみて、ある程度、仕組みが出来たらサテライトで継続してもいいし、在宅に移行してもいい。サテライトは要らないという選択でも良い。必要な時に再度、契約してもらえばいいように柔軟な設計を心掛けています。また、薬害や血友病などで苦しんでいる人たちのサポートにも取り組みたい」と語る。
障害者の就労支援と就労後のフォローには、幾つかのやり方があるだろう。そのなかで、事業団が作り上げたサテライトオフィスは、在宅を希望する障害者と事業主をつなぐ大きな流れをつくる魅力を備えているように感じる。このサテライトオフィスが、全国に広がることを期待しながら、事業団の今後の取り組みに注目したい。
法人概要
名 称 特定非営利活動法人 在宅就労支援事業団(内閣府認証 厚生労働大臣登録)
住 所 熊本市東区下南部1丁目1番72号
TEL.096-213-0701
設 立 2003年4月
事業内容 就労移行支援事業、就労継続B型事業、定着支援事業
拠 点 全国20ケ所(事業団グループ)
URL https://jigyodan.or.jp/
Trend&News Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.158(2024年8月号)
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