神社訪ねある記 ■箱嶌 八郎
飯盛神社(福岡市早良区)
福岡市東区の照葉アイランドシティを車で駆け抜け、県道59号線に突き当り、左に走れば海の中道に出る。左右の白い砂丘の先に青い海が見える。海にはさまれた細い砂の道を走っているのに気づいた。進行方向に向かって右手の海原(うなばら)には白波が風の立て髪のようにめくれ立ち先に走る波を飲み込んでは磯に打ち寄せている。左の海はさざ波が光るだけで鏡のように静かだ。湾曲した長い海岸線にそって林立する福博の高層ビル街が見える。
「白波が走っている海原が名にし負う荒海の玄界灘ですよ」
「そうすると左手は博多湾ですね。静かなものだ。海の中道が防波堤になっている」
同行の編集社の宇野さんが車窓をすこし開くと、ごおと玄界の濃い潮風が飛び込んできた。竜宮城に行くように幻想的だ。正面に志賀海神社が見えてきた。なぜか心が躍る。
神社の阿曇(あずみ)宮司との約束にはすこし間があるから道沿いのおむすび屋で昼飯を食うことにした。海岸線の砂の上にある静かな漁師町である。百年は経つ古い住宅を改造したおむすび屋である。黒光りのする太い胴差しに分厚い1枚ものの天井板が張ってあった。ゲンコツ大の海苔巻きおむすびに温かいワカメの味噌汁が添えられて出てきた。うまかった。
店を出ると日は差していたがまだ冷たい潮風に吹かれた。正面の石造りの大鳥居をくぐると左手に神社を一周する山道がある。志賀島には植林された杉林が見えない、マテバ椎がうっそうと茂る古代林である。左の崖下には一条の滝が流れ落ちて白いしぶきを立てていた。どこかで見た風景だ。そうだ壱岐の山林道に似ている。福岡市内にこんな自然林が残されているのには驚きだ。神域観を深めた。Uターンして駐車場への車道を登った。
社務所に寄る前に神社の周りを歩いてみた。玄界灘を見下ろす一角に遥拝所の立て札がある。春とは言えまだ寒々しい青黒い玄界灘を見下ろし、立花山の山影や玄界に浮かぶ島々が一条の水平線に連なって見える。足もとに「亀石」と言う平たい岩石が据えてあった。志賀海神社の始祖である阿曇磯良(いそら)と言う記紀の偉人が巨大な亀に乗って神功皇后(じんぐうこうごう)の三韓渡航の水先案内の功を立てた。その亀が石に化して今ここにあると書いてある。そういえば亀の甲羅と小突けば頭が出てきそうな首穴に見えてきた。正面の神殿に上りお賽銭を投入、2礼し2拍手を打って心中願い事をいくつも祈った。
神社の会見室にお見えになったのは長身の青年宮司であった。飾らぬしゃべり口で志賀海神社の来歴をお話しになった。叔父上の跡を継いで宮司を務められておられる。
「過去の戦乱で系図は焼失しましたが、私で138か9代目になると聞いております」そう述べられた。薄緑(あさみどり)色の袴の膝に置かれた大きく部厚い手が印象的だった。来歴の分かる最古の日本への渡来民のご家系であろう。
阿曇一族は中国春秋(しゅんじゅう)の時代(約2500~2800年前)に場子江の河口からジャポニカ種の稲の栽培法を日本の北九州地方に伝え全国に伝搬させていった弥生の海の民である。古事記にイザナギの命(みこと)がこの近海で禊(みそぎ)をされ、底筒男、中筒男、表筒男(うわつつお)の三柱(みはしら)の海神を龍としてこの神社に祀らせて居られるという。龍とは海流のことではなかろうか、大陸から日本に流れる潮流を熟知した阿曇族が海上交通を司った。海を豊にするには陸の山林が豊潤でなければならない。このような環境循環思想を阿曇族はとっくに知っていた。
「山褒め種蒔漁労祭(やまほめたねまきかりすなどりまつり)」として、海から山に声援を送るユニークな神事が毎年、四月一五日と一一月一五日に、「ああら、良い山繁った山」と山に感謝の言葉を投げかける山褒めの行事が行われる。福岡県の民俗無形文化財に指定されている。
「神社は欲望、願望ばかり祈る処ではない、神に感謝を捧げることが発展のもとである」若き阿曇宮司のお言葉にガツンと一発食らって目が覚める思いであった。
神社のもう一つの魅力、金印「漢倭奴国王」の謎解きに感謝を込めてまた来たいと願を掛けながら潮騒の島を後にした。
山褒めの 島にぎやかに 芽吹きけり
■志賀海神社
創建 不明
御祭神 仲津綿津見神(なかつわたつみのかみ)
底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)
表津綿津見神(うはつわたつみのかみ)
住所 福岡県福岡市東区志賀島877
URL http://www.shikaumi-jinja.jp/
神社訪ねある記 Bis・Navi(ビス・ナビ)Vol.154(2024年4月号)
著者:箱嶌八郎(成風) 氏
有限会社タオコーポレーション・風水家相タオ設計工房主宰。
福岡市生まれ。当仁小、中学、修猷館高、早大卒。
西日本新聞TNC文化サークル・風水教室講師・もの書き屋・エッセイスト。
・第23回森鴎外記念北九州市自分史 文学賞
・第50回福岡市文学賞
・第3回子母沢寛文学賞「愛猿記賞」 等々大賞受賞。
著作:「されど風水」あり。
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