Trend&News ■超短時間雇用
今年4月1日から、改正障害者雇用促進法が施行される。今回の改正では、これまで障害者雇用率にカウントされなかった週10時間以上20時間未満での雇用について、算定が適用されることになる。障害者がより働く機会を得ることができるように配慮したものであるとともに、企業側にとっても人材確保の一助となりそうだ。
4月から障害者雇用率が2.5%に
国は障害者雇用制度を設け、一定規模以上の企業や団体に対して障害者の雇用を義務づけている。障害者雇用制度は、現在の障害者雇用促進法の前身となる「身体障害者雇用促進法」が1976(昭和51)年に制定されたのが始まりである。その後、1987(昭和62)年に「障害者雇用促進法」に改称された。1988(昭和63)年に知的障害者、2018(平成30)に精神障害者にも対象を拡大し、現在の制度の形が出来上がっている。
同法は、障害者の職業的自立促進という観点から、企業や団体で就労する機会の創出を推進してきた。法律では、一定規模以上の企業や団体は、その従業員数に対して定められた雇用率を守るよう義務づけられてきた。法律が出来た当初、設定された雇用率は1.5%であったが、徐々に引き上げられた。1988(昭和63)年に1.6%、1998(平成10)年に1.8%、2018(平成30)年には2.2%、2021(令和3)年には2.3%、そして、今年4月1日から2.5%に引き上げられる。2.5%ということは、40人以上を雇用する企業、団体が雇用率を守るべき対象となるのである。この雇用率は、2026(令和8)年には2.7%に引き上げられる。そうなると、従業員数にして三七・五人以上の企業、団体が対象となる。かなり多くの中小企業が雇用率の対象となるわけである。一方、働く側にとっては、選択の幅が広がることになる。
国が設定した雇用率を守れない対象企業や団体は、不足する人数分の納付金という罰則金を納付しなければならない。納付金は1人1カ月あたり5万円。例えば、1年間を通して2人の不足が出ていれば、1人分の年間納付金60万円の2人分となるので、120万円を納付しなければならない。中小企業にとっては決して小さな負担とはいえない。
雇用率を守るために中小企業が障害者雇用を行おうとすると、1つの壁にぶつかるケースが増えている。大手企業との人材獲得競争である。大手企業は、早い時期から雇用率を達成するために、障害者雇用に向けて組織内の体制や環境の整備に取り組んできた。加えて、国や自治体、独立行政法人なども採用に力を入れている。特に、2018(平成30)年の中央省庁における障害者雇用人数の水増し問題の後、採用を積極化したため、首都圏での未就業の障害者の採用が難しくなった。そのため、東京や大坂といった都市部の企業が地方に住む障害者を雇用しようと動き出している。業界関係者も「東京では、雇用できる障害者は非常に少ない。そのため、地方に住む障害者を獲得しようと東京などの会社が地方の障害者を探している」と語る。求職者としてもブランド力の強い企業や官公庁への就職を希望する傾向が強くなる。
そうなると、障害者雇用率の対象となる地方の中小企業や団体は、雇用したくても人材がいないという状態に陥り、結果として納付金(罰金)を支払い続けるという悪循環に陥ってしまう可能性もある。
週20時間未満での勤務も可能に
雇用率の計算は、働く時間によって異なる。例えば、週30時間以上勤務できる人を採用すると1人、身体障害者と知的障害者の重度障害の人を採用すると2人とカウントする。週20時間以上30時間未満の勤務ができる人の場合は、0.5人となる。重度障害者の場合は、1人(精神障害を除く)。原稿の制度では、週20時間以上勤務できる人を採用した場合に雇用率算定の対象とされてきた。
しかし、障害の状態によっては週20時間以上の勤務が難しい人もいる。この人たちは、雇用率算定の対象に含まれていないために、企業が雇用しても雇用率に反映されない。雇用率の達成を重視している企業のなかには、雇用率未達成による納付金(罰則金)の支払いを回避することを第一の目標にするところも多いため、対象から外れている人たちを受け入れる門は非常に狭いのが現実である。これでは、社会参加を希望する求職者が取り残されることになると、問題視されてきた。
そこで、今回の改正では、週10時間から20時間未満の勤務についても算定できるようになった。具体的には、週10時間以上20時間未満勤務ができる精神障害者、重度身体障害者、重度知的障害者が0.5人にカウントされることになる。
週所定労働時間 | 30時間以上 | 20時間以上30時間未満 | 10時間以上20時間未満 |
身体障害者 | 1 | 0.5 | ― |
重度身体障害者 | 2 | 1 | 0.5 |
知的障害者 | 1 | 0.5 | ― |
重度知的障害者 | 2 | 1 | 0.5 |
精神障害者 | 1 | 0.5 | 0.5 |
今回の改正を受けて、これまで、週20時間未満で雇用していた障害者数に応じて支給されていた特例給付金は廃止される。これまで働きたくても働く機会を得ることができなかった人たちに、門戸が広がったことは歓迎すべきことである。これまで、1人で担当していた業務を複数の人がシェアすることで、多くの障害者が働く機会を得ることにもつながる。超短時間の範囲で働きはじめたが、人によっては、それ以上に働けるようになるかもしれない。
少子化で人手が不足していると悩む経営者にとって、超短時間労働を取り入れることで、これまで活用できていなかった人材を取り込むこともできるようになるわけだ。
労働人口の減少が国力の低下を招く
日本は少子化に歯止めがかからないまま、労働人口が不足する構造的な問題に陥っている。人手が足りないために、事業を拡大できない。人手が確保できないために、店や会社を維持できずに閉鎖するという話も珍しくはなくなった。上場企業など、大手に対して政府が賃金を上げるよう要請したことで、大手企業は従業員の賃金を上げた。今年の春闘でお大幅なベースアップを行う企業もあるようだ。しかし、大手企業と同じように、中小企業に賃上げ圧力をかけることには違和感を覚える。企業にとって、人材は最も大切な経営資源であることは間違いない。従業員の生活を守るのも企業の責任である。しかし、経費が膨らみ採算が取れなくなって企業が倒産すれば、その影響を受けるのは従業員である。健全な状態で賃金を上げていくのは、あくまでも、企業業績の向上と期待できる将来が見えた上での話であろう。
そのような中小企業の現実を横目に、株価が戦後最高値を記録し、インバウンドが回復してきているなど、一見、明るい材料が出てきているようでもある。日本の景気は回復基調にあるというような政府の発表も目に付くようになった。
政府の楽観的な発表を打ち消すように、日本の昨年の1年間の名目GDP(GDPは、国内総生産の略)は、ドル換算でドイツに抜かれ世界第四位に落ちたことが報じられた。日本の人口は、ドイツの約1.4倍だが、このまま日本の人口減少に歯止めがかからずドイツとの人口差が小さくなれば、日本の経済力がドイツに追いつくことは難しくなるばかりである。
中小企業を取り巻く経営環境は、国がいうほど楽観視できるものではない。長引く円高による仕入れ原価や経費の高騰、インボイス制度の導入による経理処理の負担増などで、思うように利益を出せない。日本経済を下支えしている中小企業を取り巻く環境が、好転しているとは感じられない。それでも、賃金を引き上げざるを得ないというのが多くの中小企業の現状であろう。中小企業は大手企業と比べて人材確保が難しい。また、大手ほど高いの給与水準を維持できないところが多いことから、「利益は出ていないが、人材の流出を防ぐためにも給与の引き上げに踏み切らざるを得ない」という悲痛な声も聞く。
長く続いた景気低迷は、海外からの労働力確保にもブレーキをかける。先進諸国の中で経済成長ができなかったことから、給与が上がらない。海外から見ると、日本で働くよりも他の国で働く方が魅力的にうつるのは当然であろう。
移民の受け入れなども議論すべきかもしれないが、出生率を上げ生産力を高めることが、大きな力となることに疑いの余地はない。
選択肢が広がる超短時間での働き方
出生率を高めるには時間がかかる。労働人口が減少し続けるという問題の解決策として、国は技能実習生制度をつくり海外から多くの技能実習生を受け入れてきた。業種によっては、こうした海外からの技能実習生なしでは成り立たなくなったといわれるものもある。
しかし、近年、日本国内での賃金が上がらないこともあり、海外から日本に働きに来る人が減少しているようだ。これまで、日本の多くの業界を支えてきた海外からの労働力の獲得ができなくなった。
止まらない少子化と外国人労働者の減少により、労働人口を確保できない企業、特に中小企業は、罰則金を支払うためではなく障害者を活用する方向に舵を切る時期に来ていると思われる。
今回の法改正に合わせて超短時間勤務の導入を進める取り組みも増えている。すでに東京、大阪などの大企業は、超短時間雇用に取り組んでいるところも少なくない。
そうなると、また、地方の中小企業が採用したくても人材が不足するという事態に陥らないとも限らない。早めの対策をおススメしたい。
経営者に求められるのは、人を見分ける力。別の言い方をすると、それぞれの個人が持つ資質を見極め、その人物が活躍できる仕組みと環境整備ができるかが重要になるだろう。それは、障害者雇用においても同じである。また、在宅での就労の仕組みも充実してきている。移動時間を要しない在宅は、超短時間雇用にも向いていると思われるので、会社側にとっても、在宅勤務を取り入れるメリットは大きい。
超短時間雇用によって働き方に多様性が生まれることは間違いないだろう。
Trend&News Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.153(2024年3月号)
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