弁理士よもやま話 ■加藤合同国際特許事務所 会長 加藤 久
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30年間もこの仕事をしていると、知財関連の裁判も数多く経験しました。その度に思うことは、先入観にとらわれずに正しく物を見ることが如何に難しいかということです。
特許権侵害訴訟では、被告製品が特許権の権利範囲に属するかが争われます。
これはある特許権の特許請求の範囲の記載です。
【請求項1】
断面凸状の曲面からなる当接部を有する側溝蓋と、
前記側溝蓋で閉蓋可能な開口部を水平支持部材の上面の略中央に有し、前記開口部の端部に前記側溝蓋の当接部の曲面と略相似の断面凹状の曲面からなり、下端に前記側溝蓋の前記当接部の下端部との間に所定の隙間を形成するためのせぎり部が形成された支持面を有するとともに、前記水平支持部材の両端辺から下方に垂直支持部材が夫々延設された側溝とを具備することを特徴とする被包型側溝。
表現は分かり難いのですが、わずか203文字に過ぎない文章です。
その中で「下端に前記側溝蓋の前記当接部の下端部との間に所定の隙間を形成するためのせぎり部が形成された支持面」、この本当に僅か48文字の解釈で、最高裁判所まで争ったのです。
私は、この権利と出会い、2回の特許無効審判、大阪地裁から知財高裁、最高裁での3回の訴訟、特許庁に権利範囲に属するか否かの判断を求める3回の判定請求に携わりました。したがって、上の特許請求の範囲の文言とは、恐らく何百回と対峙し、どのように解釈されるか検討したかわかりません。
ちなみに、この特許権は平成8年3月10日出願で、20年後の平成28年3月10日に存続期間満了しています。また、最初の特許無効審判請求日は 平成27年11月4日で、最高裁から上告を棄却する旨の決定調書が出されたのが令和4年5月13日ですので、争いに結論がでるのに約7年かかったことになります。
長い間、何度も検討を重ねれば、もはや検討の余地は無いと思われるかもしれませんが、ことはそう簡単ではありません。
裁判で激しいやり取りをしていたある時、一人の女性裁判官が、ふと「〇〇〇は△△△と解釈できませんか」と漏らしたのです。
その場には関係者が9人ほどいたのですが、私はその言葉が、まるで、雷が脳天に落ちたような大きな衝撃に感じられました。他の人は、その時点では、その発言がそれほど重要な意味をもっているとは気づいていたなかったようにみえましたが、私は、むしろ、冷静を装うのに苦労をしました。
だからと言って、その後も簡単には行きませんでしたが、結局、その発言を手がかりに、一審は勝訴、上告審である知的財産高等裁判所、最高裁判所も勝訴となりました。先にも述べたように、わずか203文字、実質は48文字の解釈にも、思いもかけない解釈があるのです。
いやいや言葉(文字)と言うのは大変奥が深く、私自身の能力の限界を痛感した裁判でした。
翻って、われわれは様々な経験に基づき、ろくに考えもせず直感的に日常の出来事を判断します。そうしなければ日常生活が送れませんし、多くの場合、その判断で間違いはないのです。しなしながら、当たり前のことにも少し立ち止まり、「本当にそれでよいのか」と、自問自答してみるのも面白いかもしれません。きっと、マンネリ化した何気ない日常の中に新鮮な風を吹かせることができることでしょう。
弁理士よもやま話 Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.133(2022年7月号)
プロフィール
加藤 久(かとう ひさし)
加藤合同国際特許事務所 会長
1954年福岡県生まれ。佐賀大学理工学部卒業後、福岡市役所に勤務。87年弁理士試験合格、
94年加藤特許事務所(現:加藤合同国際特許事務所)設立。2014年「知財功労賞 特許庁長官表彰」受賞、20年会長就任。
得意な技術分野:電気、機械、情報通信、ソフトウェア、農業資材、土木建設、無機材料、日用品など。
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