経営者の知恵を後継者に残すことで100年企業の基礎を築きませんか

社会・地域課題の解決に取り組む起業家を20年余で約250人創出支援

Trend&News

Trend&News ■SINKa(シンカ)濱砂清代表理事

「社会起業家」「ソーシャルビジネス」は、子供の貧困問題や環境問題、地域間格差など社会的課題の解決を目指し起業する人とビジネスを指す言葉である。最近は、ビジネスにおけるある種トレンド用語のように認識している人も多いだろう。その黎明期から福岡、九州で社会起業家を育て支援しつづけてきたのが福岡市中央区に拠点を置く一般社団法人SINKa(シンカ)の濱砂清代表理事である。

社会起業家の育ての親的な存在

―社会起業家という言葉が日本で使われるようになったのは、2000年代初頭と言われますから、今から20年余り前。濱砂さんは、社会起業家を育成、支援する活動を20年以上にわたって続けてこられ、福岡、九州における社会起業家の育ての親的な存在ともいえます。社会起業家や実施するソーシャルビジネスという言葉もずいぶん認知度が高まったように思いますが、どのように感じていますか。
濱砂
2000年頃から動きはじめ、2006年に任意団体を設立、20年ほど経ちました。その間、社会起業家という言葉もずいぶん認知されるようになりました。私は、社会起業家を時代背景や特徴から3段階に分けています。

2000年ごろから国は、社会的な課題解決を手掛けるソーシャルビジネスを全国で広めようとしました。この頃に起業した人たちが第1世代です。次の世代が2011年に起きた東日本大震災など災害復興などを機に起業した世代です。東日本大震災時に津波で流された地域を復興するために、国は起業家・社会的事業をあの地域に集めようとしました。震災直後、ボランティアなどのおかげで、いろんなことが徐々に片付き綺麗になりましたが、人が住み町が動き出すためには経済活動をする人や企業が欠かせません。しかし、余裕がない状況下で「私がやります」と手を上げる地元の人はまだ少ない。だから、外から人を連れてくる必要があった。私も現地に行き実際にボランティアして関わったことで、それがわかりました。今、現地で中心的に動いている多くは、それまでよそ者だった人達です。

―外からの移住者ということですか。
濱砂
よそ者というのは2パターンあります。東京あたりに出て仕事に就いていた人が「何とかしなければ」と思って地元に帰って起業するパターン。2つ目は、ボランティアに行って何年かして、あの地が忘れられないと思って再び現地を訪れ、住み着いて起業するパターンです。現場を訪れて、「なんとかできそう」とか「何とかしないといけない」と思う視点を持った感度のいい人が現地で起業しました。

―その後が第3世代になりますか。
濱砂
数年前から起業した人たち、特に20代から30代の若者を第3世代と位置付けていますが、最近は社会課題を解決するためという方ももちろんいますが、一般的なビジネスよりも聞こえがいい、社会の役に立てるという視点から社会起業家、ソーシャルビジネスという言葉を使っている人も増えています。

福岡は今、日本の中で最もソーシャルビジネスが活発な地域ですが、その意味や目的を理解せずにソーシャルビジネスという言葉を使うような傾向があるのには、少し違和感を覚えます。

2000人にプレゼンの機会を提供

―濱砂さんはこれまで、多くの社会起業家を支援してこられましたが、ソーシャルビジネスを起業しようと志す人をどうやって見つけてくるのですか。
濱砂
始めた頃は、とにかく交流会やセミナーなどに出向いて人に会うことを繰り返しました。その後、「ソーシャルビジネス研究会」を立ち上げました。毎月1回、テーマを設定して、それに興味関心のある人を集めプレゼンテーションの機会を設けました。19年続けていますが、これまでにプレゼンした人は約2000名にのぼります。

そうして、たくさんの起業家志望の人を見てきましたから、会って話せばその人が起業する、しないということがだいたいわかるようになりました。

―20年近くも継続するのはなかなかできないことです。
濱砂 
研究会を続けているなかで、ランダムにイベントをやって人を集めるよりも、毎月開催した方がはるかに楽だということに気付きました。最初は開催日や場所など試行錯誤しながら開催していましたが、それに気づいてからは「毎月火曜日の7時から、場所はここで」と固定しました。参加する人たちも先にスケジュールに入れることができるようになった。そうやって集まりやすい環境を作って、毎月固定で開催するようになりました。

―それでも、毎回人を集めるのは容易ではありません。できるだけ、著名な人にプレゼンしてもらった方が人も集まります。
濱砂
著名な人は、私が場を作らなくても機会はあります。私は、まだ表に上がっていない人を連れてきて、プレゼンの機会を提供することにこだわりを持って続けてきました。

―原石を見つけて、磨かれる環境を作る。濱砂さんに目利きがあるからできることだと思います。磨けば光る人をどのようにして見分けているのですか。
濱砂 
起業する人に求められるのは、柱を立てて自分の言葉で話す、伝える。加えて、広い視点で物事を見ることができるかどうかだと思います。多くの場合、人は自分の会社や仕事など目の前の事ばかりに意識を向けてしまいます。しかし、ビジネスのヒントはそこではなくて、その外にあることが多い。お金を出してくれるのは外の人たちですから。そこまで考えて日々過ごしている人はそんなにいません。社会起業家としての視点は、そこが重要だと感じています。一歩退いてみることができるかどうか。そこが新しいビジネスモデルを生むチャンスになるわけです。そこを分かっていないと、自分の頭の中にあるものをぐるぐる回しているだけで前に進めないでしょう。

これまで、起業家を志す人と周辺の人たちとの接点を提供してきました。一方、私は自分で事業を興すのではなく、中間支援の組織として活動することに徹してきました。組織を維持するためにはある程度の資金が必要ですから、安定した運営をするために会費制などを採用して財源の確保を図ろうという意見もありました。しかし、会費制などにするとその瞬間から色がついてしまう。結局、そのメンバーだけの組織になってしまうので、非営利組織として活動を続けてきました。
今まで設立に関わった企業は約250社にのぼります。

―濱砂さんが、社会起業家の支援を始めるようになったいきさつを聞かせてください。
濱砂 
学校卒業後、設計事務所、大手建設会社に勤めました。当時、多くの業界で「大きな金を動かす企業や人が偉い」というような考え方が力を持っていました。理念の実現や公共の利益に寄与することよりも、企業なら売上高を増やす、個人なら家を持つ、車を買うというところに価値を置いて、皆がその方向に向かっていました。

建設業界を例にあげると、我々の会社のように元請けをする会社があって、その下に幾つかの会社、さらにその下で仕事を受ける職人さんなど何層にも分かれていました。モノづくりの観点で考えれば、本当はモノを作る職人さんが一番尊重されるはずなのに、現実は上流に行くほど偉くなる。

本来なら、例えば、地域に公共の建物を建てる場合、始めから建物ありきではなく地域とそこに住む人々を中心において、どういうものがあれば地域の人たちの役に立つか考えるものです。

―濱砂さんは、そこに自分の存在意義を求めたのですか。
濱砂 
当時は、専門家に設計して建ててもらうまでのつなぎをやる人間がいなかった。建物はほかの人に造ってもらって、その中に入れるソフトは私が関わるべきだと。建物にはどのようなソフトが必要なのか、どんな人が必要なのか。そういうことを考え実現したかったし、それが私の役割だと考えました。

普通に暮らせない子供の問題が喫緊の社会課題

―これまで多くの社会課題を見てこられましたが、今、解決しなければならない社会課題は何だと考えますか。
濱砂 
課題はいくつもありますが、やはり子供の問題です。今、貧困や不登校、ヤングケアラーなど子供が普通に暮らしていけないという現実が日本で起きています。国の将来を支える、この子たちの世代を支えなければいけない。行政では対応ができない部分も多いので、地場企業の力を借りることも必要です。例えば、地域で子供基金のようなものを作って子供たちを守る。その子供たちが大人になったら企業で働けるという流れをつくるなどの仕組みが求められるでしょうから、そうした役割を社会起業家が担う機会も増えると思います。

―地域間格差が広がり、過疎化が進行する地域では社会保障サービスができないところもあるようです。
濱砂 
確かに、人口減と税収減に陥った地域では、今まで行政が担ってきた福祉サービスが低下しているケースもあります。そこをソーシャルビジネスが行政と一緒になって補うことを期待されているのだと感じています。行政と仕事をするというのは社会的に認知度が低い企業にとって信用となりますから、企業側にとっても魅力だと考えられます。

―行政と仕事をしたいと思ったらどうすればいいのですか。
濱砂 
担当部署にいって、直接話をすることです。「こんなことをしたいけど、どこにいけばいいか」と尋ねれば入り口はわかります。市町村には5年計画、10年計画という総合計画が必ずあります。それを見て、その中で、実際に動いている施策が何課でどんな事業をやっているのかがわかりますから、その事業担当課を訪ねることです。計画がない、計画が動いていなければ、「このようなものはどこの課に行けばいいですか」と総合窓口で聞いて話をしに行く。

とはいっても、行政と仕事をするには、計画を発案して実際に事業として動き出すまでに3年ぐらいの時間を見ておく必要はあります。それが、そもそも動いている事業であれば、その事業課の人たちは、今、こんなことをやっているので、「もっとこうしたい」「ああしたい」という考えを持っている。そこに合えば、話は早い。

社会起業家を支援する投資機関の創設を構想

濱砂 清(はますなきよし)
一般社団法人SINKa代表理事

―社会課題解決を続けるには資金が必要です。
濱砂 
クラウドファンディングなどが普及し寄付の文化は広がってきました。しかし、社会起業家に必要なのは投資だと考えます。例えば、1万円の寄付は提供で終わりますが、効果や利益など見返りを期待する投資は事業として育てるという考え方があります。その考え方が広がると、お互いもっと伸びていくのではないかと考えています。

社会起業家、ソーシャルビジネスの認知度が高まったことで、資金集めも以前に比べると格段にやりやすくなった感があります。
例えば、貧困やDVなどの理由で家で食事ができず、年を越す場がなく、街のある場所に子供が集まって行政や警察でも収集が付かないという問題が起きました。そこで、あるNPOが資金提供を呼び掛けたところ、3000万や5000万という資金が集まったのです。

他にも、「おせちがないから食べさせてあげたい」というメッセージを出すと、おせちを作っている会社から「100個提供します」と申し出があった。「資金は出せないが物は出せる」と周りの企業や店から支援の声が上がった。そういうことが相乗効果を生んで、世の中の為の活動に参加したい、関わりたいという動きも出てきています。
10年間動きのない休眠預金を活用する「休眠預金活用事業」などを利用する方法もあります。

―休眠預金活用事業のことを詳しく聞かせてください。
濱砂 
通帳に預金があっても、10年間動かしていないと、銀行は預金保険機構に移管します。その時点で、休眠預金として扱われます。その集まった預金を子供や若者の支援、生活が苦しい人の支援、地域活性化支援といった活動として、民間の組織に使ってもらおうという制度です。その運営をしているのが、日本民間公益活動連携機構、通称JANPIA(ジャンピア)という組織です。

私の今の活動は、九州版の指定活用団体を作ることです。そして、九州の社会起業家に資金を使ってもらえるように仕組みをつくりたいと考えています。

―その原資になるのが休眠預金ということですか。
濱砂 
休眠預金はその一部で、九州、アジアの企業からお金を集めて投資したい。起業するのに自分で資金を調達しなければならないことでくすぶっている人がたくさんいますから。

―休眠預金も投資の原資として活用できるのですか。
濱砂 
福岡の金融機関や投資会社も、制度の目的に沿った投資のための活用として申請できますし、株式会社でも活用することは可能です。すでに、動きが始まっていますが、九州など地方にはまだ、制度の情報が浸透していないから認知していません。

九州の中にはいいことをやっているけど、表に出ていなくて自腹でやっている会社がある。そういう所が使えるように広め、福岡、九州の経済を盛り上げたいと考え、常に仲間を探しています。

会社概要

名 称  一般社団法人SINKa(社会的起業家創出ネットワーク九州・アジア)
住所   福岡市中央区舞鶴1丁目3-14  小榎ビル3F
設立   平成22年(2010)5月
代表理事 濱砂 清
事業内容 社会起業家・社会的企業の企画支援/コンサルティング事業、人材育成・教育事業/企業の社
     会貢献(CSR)・CSV・SB事業、・各種セミナー/フォーラム開催、・参加者評価型ビジネスプ
     ランプレゼンテーション など

濱砂 清(はますなきよし)

一般社団法人SINKa代表理事

Trend&News  Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.175(2026年1月号)

➤  他の「Trend&News」の記事を読む

「Bis・Navi」定期購読のご案内

「Bis・Navi(ビジネス・ナビゲーター)」は、書店では販売しておりません。確実に皆様にお読みいただくために毎月、弊社より直接郵送にて情報誌を送らせていただきます。この機会に是非、お読みくださいますようご案内申し上げます。
  <定期購読料>
     5,500円(消費税込み)
     ※1年分12冊をお送りします
     ※送料は上記料金に含みます

定期購読に関する詳細はこちらをお読みください。⇒「購読のご案内」

画像は2024年8月号です

コメント

タイトルとURLをコピーしました