エッセー 神社訪ねある記 ■箱嶌 成風

背振峰の ふもとの茶屋の 栗おこわ
秋の3社参りプランを思い立ってビスナビ編集者の宇野さんご夫妻を中心に秋天の背振連山を越え、まず仁比山神社に向かった。㈱メディアワード社の光武(みつたけ)典隆社長ご夫妻、すずなり社代表の座親(ざおや)ゆかり様、篆刻で日展入選(2回)の書家浦岡香先生、宇野家のご長男ATGW社代表の宇野友稀様、私と娘の李風、総勢九名が2台の車で背振の山中に吸い込まれた。
10月8日、いつもの三瀬越えから肥前路を南下、コスモスの群れ咲く丘をすぎると棚田の土手に青ススキが黄色い芯を伸ばしはじめていた。「私は佐賀の出身ですよ」と言われる光武社長が手慣れたハンドルさばきでカーブの多い峠道を運転。「鍋島藩のご家中におられたんですか」「イヤ、それ以前からいます」、後で漢の光武帝の末裔ということを知って驚き。倭の奴国王に金印を下賜された皇帝である。有明海沿岸は徐福伝説(じょふくでんせつ)など大陸から渡来の話が多い。直接お話を承らなかったのだが、すずなり社の座親社長のお名前も歴史の重みを感じる。中世、太宰府を中心に油座(あぶらざ)とか蝋座(ろうざ)とか6つの商工組合があったそうである。その組合員、座子(ざこ)の親、つまり座親(ざおや)であるボスを務められたお家らしい。今日はなぜか珍しいお名前にご縁のある日のようだ。


神埼市の看板を左折し仁比山神社に到着。まだ、紅葉には少し早かったが山々は黄ばみはじめていた。楠の巨木が覆いかぶさるお山の鳥居をくぐると社務所の前に朝日宮司が90才とは思えぬ元気なお姿で立っておられた。軽々と歩かれる宮司様に従ってご本殿の長い階段をのぼる。どこからともなく水の音がする。山襞(やまひだ)からこんこんと湧き出る金剛水を発見。一口頂くと冷たさと柔らかさに身が清められた。京都の日吉宮とも関係が深くお守りの石彫りのお猿さんがあちこちにいた。「本物の猿もお山にはたくさんおりますわ」宮司様は猿と仲良しのようである。自然との共生が本来の姿であるとご説明を受けた。



長崎街道沿いに2番詣で目の櫛田宮はあった。長崎と江戸を結ぶシュガーロードの通過地点であり、西洋文明が運ばれた道である。境内にかわいい馬の石像が建てられていた。トラック代わりに荷物運送に活躍した馬に感謝を込めて神埼宿の運輸業者が献上したものである。朝からお祭りがあっており宮司様とはお会い出来なかった。

神埼市の蕎麦屋「吉野麦米(よしのばくべい)」で昼食となった。吉野ヶ里遺跡のすぐ目の前である。背振山の雄姿を南から見上げる位置にあった。しこしこ麺の蕎麦が旨かったしサービスでついてくる栗饅頭の懐かしい甘さがいつまでも舌に残った。小豆おこわも栗おこわも旨かった。
最後の参詣神社、朝倉市の美奈宜神社に向かった。刈入れ直前の重そうに穂を垂れた稲田の中に神社は鎮座ましましていた。1800年の歴史ある神社である。境内を一巡り、多くの摂社が並ぶなか白峯神社(しらみねじんじゃ)の前で足が止まった。平治の乱(へいじのらん)で敗れ香川県に流された崇徳上皇(すとくじょうこう)の怨念を鎮めた社である。悪縁を断ち、新生への出発を叶えてくれるお宮である。

ご本殿で内藤宮司のお祓いを受けた。それぞれの思いを込めたお札を神前に収め頭を垂れた。頭上で振られるさっさっという御幣の音に新しい希望を生んでくれる風力を感じた。
「神社詣は清々しい気分に満たされますね。また、参りしましょう」と現地解散となった。


今回
仁比山神社 佐賀県神埼市神埼町的1692
櫛田宮 佐賀県神埼市神埼町神埼419-1
美奈宜神社 福岡県朝倉市林田210
神社訪ねある記 Bis・Navi(ビス・ナビ)Vol.174(2025年12月号)
「神社訪ねある記」の記事を読む⇒こちら

著者:箱嶌八郎(成風) 氏
有限会社タオコーポレーション・風水家相タオ設計工房主宰。
福岡市生まれ。当仁小、中学、修猷館高、早大卒。
西日本新聞TNC文化サークル・風水教室講師・もの書き屋・エッセイスト。
・第23回森鴎外記念北九州市自分史 文学賞
・第50回福岡市文学賞
・第3回子母沢寛文学賞「愛猿記賞」 等々大賞受賞。
著作:「されど風水」あり。

「Bis・Navi」定期購読のご案内
「Bis・Navi(ビジネス・ナビゲーター)」は、書店では販売しておりません。確実に皆様にお読みいただくために毎月、弊社より直接郵送にて情報誌を送らせていただきます。この機会に是非、お読みくださいますようご案内申し上げます。
<定期購読料>
5,500円(消費税込み)
※1年分12冊をお送りします
※送料は上記料金に含みます
定期購読に関する詳細はこちらをお読みください。⇒「購読のご案内」




コメント