エッセー 神社訪ねある記 ■箱嶌 成風

棚田澄む 深き足あと 行き来して

「分け入っても分け入っても青い山」という種田山頭火(たねださんとうか)の句がある。
今回訪ねた神埼市の仁比山神社(にいやまじんじゃ)も初夏の山青葉に埋もれていた。
脇山口から三瀬トンネルを抜けるいつもの肥前路を走った。途中、池田の交差点で左折し城原川(じようばるがわ)沿いに背振山のふもとを南下する。5月の17日であった。毎度のように雑誌社の宇野氏と奥様と3人でゆるゆるとドライブを楽しんだ。
佐賀市に抜ける嘉瀬川(かせがわ)とちがって神埼市に向かう城原川は流れが急である。川幅は狭いが川の中に転がった大きな岩に流れがぶつかり白波がしぶきをあげていた。なぜか、川床の岩が白く見える。嘉瀬川とは岩質がちがうようだ。陽に当たって岸の山藤が紫の花房を短めに垂らしていた。杉の木下闇(こしたやみ)を抜けると幾枚かの棚田が間近に見降ろせた。植えたばかりの稲苗が産毛のように黄緑色の風になってなびいていた。
仁井山神社は左折という赤い矢印が立っていた。曲がるとすぐ仁井山神社の一の鳥居があり近接して古びた楼門があった。左右の脇室に筋骨たくましい巨大な木彫りの仁王様が立っておられた。五指を広げストップをかけられた。脱帽し深々と頭を下げ入山の許可を願い出ておずおず楼門をくぐった。説明書きによると高さ3メートルを超え樟の一木彫で鎌倉時代の製作とある。東大寺南大門の運慶、快慶造の力士像によく似ている。慶派の手によるものかもしれない。いつまでもお元気でいてほしい仁王様である。


仁王門から細い道が青葉の山に登っていた。右に幕末の蘭方医伊東玄朴の旧宅があり、左には九年庵という紅葉の名所の日本庭園があった。茅葺の数寄屋造りで茶室があるという。庭苔の緑が息づいて森閑としたなかコーンと鹿威し(ししおどし)の音が響いてきそうだった。
仁比山神社と書いた看板の脇の広場が駐車場であった。我々の車以外は誰もいなかった。大木の枯れ枝を鋸で切り落としておられる作務衣姿のご老人にお会いした。社務所への道を尋ねると『ご案内しましょう』と作業を中止し、すたすた先を歩かれ軽い足取りで階段を登って行かれた。老輩の私には一息では登れない足腰に厳しい山道であった。
境内に入ると抹茶をたてたような濃緑(こみどり)の苔が絨毯のように分厚く林泉を覆っていた。ひやりとした社の靈氣に包まれた。山からの清水が20畳ほどの池に静かな音を流し込んでいる。楠の巨木が新緑の枝を差し掛け、陽をさえぎってとろりとした水面の池だった。大きな真鯉の影がけむりのように浮き上がってきた。


「宮司様にお会いしたいのですが」と、申し上げると『私が宮司です』そういって名刺を頂いた。「失礼ですが何年のお生まれで」『昭和10年です』「えええ、90歳におなりになるのですか、私より五歳先輩ですね」驚いてしまった。と同時に尊敬の念を抱いた。仁比山神社の朝日晃司宮司であることを知った。仙人のような白眉の奥に柔らかな眼光のお方で神社の歴史を記憶力抜群の表現でお教え頂いた。
天平元年(729)聖武天皇の勅願で僧行基(ぎようき)が神殿を建立した。また、慈覚大師(じかくたいし)が唐より帰国の途中立ち寄り、神社の土中より日吉宮の扁額を掘り出し、仁明天皇にご報告、天皇の忌み名の仁と比叡山の比をとって仁比山神社としたと承った。
なにせ1,300年もの歴史があるお社である。この時、裏山から金剛水という岩清水が湧き出した。ミネラル分豊かな水質は胃腸の調子を整えてくれる名水で現在も勢いよく流れ出ている。お水取りの人が跡を絶たないそうである。日吉宮ゆかりお猿さんのユーモラスな石像がお水場を守ってくれている。


宮司様のお話で印象深かったのは宋からの貿易船は大宰府の監視下にある博多湾より、フリーな神埼に入ったそうだ。有明海の6メートルもある干満の差を利用して荷揚げも楽だったのだろう。「密貿易ですか」『抜け荷ですな』宮司様は笑って答えられた。当時、神埼の荘を預かる平家がそれで財を蓄えたのかといいお話をお聞きした。紅葉のシーズンにまたお訪ねしたい神社と宮司様である。深々と頭を下げ神社を離れた。

仁比山神社
住 所 佐賀県神埼市神埼町的1692
創 建 729年(天平元)
御祭神 大山咋命(オオヤマクヒノミコト)
鴨玉依姫神(カモタマヨリヒメノカミ)
日本武尊(ヤマトタケル) 合祀社祭神20余神
神社訪ねある記 Bis・Navi(ビス・ナビ)Vol.169(2025年7月号)
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著者:箱嶌八郎(成風) 氏
有限会社タオコーポレーション・風水家相タオ設計工房主宰。
福岡市生まれ。当仁小、中学、修猷館高、早大卒。
西日本新聞TNC文化サークル・風水教室講師・もの書き屋・エッセイスト。
・第23回森鴎外記念北九州市自分史 文学賞
・第50回福岡市文学賞
・第3回子母沢寛文学賞「愛猿記賞」 等々大賞受賞。
著作:「されど風水」あり。

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