Trend&News ■一般財団法人カンボジア地雷撤去キャンペーン創設者 大谷賢二さん

1951年福岡市生まれ。九州大学法学部卒。一般財団法人カンボジア地雷撤去キャンペーン(CMC)を創設し、CMCオフィス株式会社(カンボジア進出支援)代表取締役、西日本カンボジア友好協会常任理事、NPO法人福岡歴史研究会主宰を務める。
主な受賞歴
「アジア貢献賞」受賞 (財)西日本国際財団(2006年3月)/「日本国際連合協会表彰賞」受賞(2006年国連加盟50周年記念式典にて)/「社会貢献賞」受賞(2008年11月)/「福岡市市民国際貢献賞」受賞(2008年11月)/「アジア人権賞」日本人として初受賞(2008年12月)/カンボジア王国フン・セン総理大臣より感謝状(2017年11月)/福岡市教育委員会表彰(2018年11月3日)/日本政府「外務大臣表彰」受賞(2021年8月20日)/カンボジア国王「ロイヤル・モニサラポン勲章」受章(2023年11月)

一般財団法人カンボジア地雷撤去キャンペーン創設者の大谷賢二さんは27年前、たった1人でカンボジアの地雷被害者を支援する活動を始めた。その活動は、地雷撤去活動団体や地雷被害者を支援する団体への寄付やチャリティー活動、現地での学校建設、ラジオ番組による心のケア、さらには経済発展のための日本企業との橋渡しなど広範囲にわたっている。たった1人の思いと熱意が多くの人を、企業を、国を動かした。(取材日:2025年5月20日)
地雷被害者の多さに衝撃を受ける
大谷さんとカンボジアとの縁は29年前に遡る。1996年(平成8)、大谷さんは1人旅でカンボジアを訪れた。その時、地雷によって足や手、視力を奪われた多くの被害者、親や家を失った子供たちの姿を目にする。「戦争や内戦で国は荒廃し、地雷被害者が信じられないほどいました。首都プノンペン近くのゴミの山では悪臭が漂うゴミの中で家や親をなくした幼い子供たちが、自分の命をつなぐために朝から暗くなるまで働らかなければならない。それでも手にする金は1日100円にも満たないという現状を見て、何とかしたい」という衝動に駆られる。
カンボジアは、農作物が豊富に採れる豊かな国であったが、度重なる内紛や戦争に巻き込まれ国土が荒廃した。戦争が終結した後も、1,000万個以上も埋められた地雷による被害が後をたたない。安全地帯と言われている場所でも被害が絶えない状況のなか、いつ自分が「悪魔の兵器」の被害に遭うかもしれないという恐怖を背負いながら、日々の生活を送らなければならない大勢の人たちがいた。調べると、1㎡の地雷原を整地するのにかかる費用は75セント、日本円で100円程度だと知る。「自分にもカンボジアの地雷で苦しむ人たちの支援ができるのでは」と思った。
しかし、「カンボジアの人たちのために」といくら願っても、具体的に何かができるわけではない。そもそもカンボジアについてほとんど知らない。そこで、もっとカンボジアを理解しようと、「ピースボート」や「学校をつくる会」が主催するツアーに参加しカンボジアを知ろうと努めた。そのなかで、地雷原も訪れ撤去や爆破のやり方を見学した。ツアーに参加しながら支援団体のスタッフと知り合いになり、カンボジアのこと、地雷のことを実際に体験しながら学ぶ。「とにかく勉強しました。人にカンボジアの現状や支援の必要性について自分の言葉で説明し賛同してもらうためには、とにかく知識と経験を増やさなければと考えていました」と当時を振り返る。

コンサートと風刺画集で資金を捻出
猛烈に勉強した大谷さんは、ひとり1人に訴え理解者を増やした。さらに、実際にカンボジアの実情を体感してもらおうとカンボジアスタディツアー(以下、スタディツアー)を企画し現地を案内した。しかし、活動するためには組織と運営のための資金が要ると考え1998年(平成10)、仲間とともに任意団体「カンボジア地雷撤去キャンペーン(以下、CMC)」を立ち上げた。団体は立ち上げたが、知名度もないに等しいのでカンボジアに関心を持つ人も少ない。寄付を募ってもそう簡単に集まるものではない。
そこで、大谷さんは一計を案じる。チャリティーコンサートを開催して、スポンサー料やチケット販売などで資金を作ろうと考えた。あわせて地雷の恐ろしさを伝えるために、地雷の風刺画の画集『Landmines対人地雷の廃絶を願う世界有名作家による地雷の風刺画と写真 資料集』の出版を企画した。風刺画は、政治や社会体制、人物などを風刺する絵画のことで、文字がなくてもメッセージを伝える力を持っている。公に批判できない体制や人物を風刺する文化は、世界中に広がっていた。画集は、大谷さんがカンボジアで撮影した写真や活動内容と共に国際漫画シンポジウム実行委員会から提供された世界中の作家が描いた風刺画を1冊にまとめたものだ。カンボジアの現状を知ってもらうと共に資金集めもできる。一石二鳥である。

よる地雷の風刺画と写真 資料集』
大谷さんは、広告代理店と印刷会社を経営していた関係で、イベント企画・運営のプロである。加えて、仕事を通して多くの著名人と親交があった。それまでの人脈を生かして、二胡奏者のウー・ルーチン氏や第一線で活躍するシャンソン歌手、ギタリスト、タレントのピーコさんなど著名人を招聘し舞台に上がってもらった。政治評論家の福岡政行氏には司会を務めてもらった。「あなたの愛で地雷をなくそう CMCチャリティーコンサート」と銘打ったコンサート当日は、1,100人もの聴衆が会場を埋めた。コンサートと風刺画集の協賛も集まった。このチャリティーコンサートと風刺画の画集で、大谷さんは600万円の資金を作った。このなかからカンボジアへ2万ドル(約300万円)の寄付を行うことを決めた。
初めての現地支援は、2万ドルの寄付
2回目のスタディツアーでは、2万ドルを寄付するためカンボジアに飛んだ。現地の地雷撤去団体CMAC(シーマック、カンボジア地雷活動センター)と地雷被害者に義手、義足を提供する「カンボジア・トラスト」の2つの団体に1万ドルずつ支援金を手渡した。大谷さんが「カンボジアのために何かをしたい」と思い立って実現した最初の支援であった。
それからずっとカンボジアに寄り添い続けるのだが、この頃はまだ、カンボジア国内におけるCMCの認知度は低く実績もほとんどなく訪問できる先も限られていた。それでも、ツアーでは地雷の悲惨さを伝える「アキラ地雷博物館」や被害者に無償で義足など義肢装具を提供する「義足センター」、都市部から大量のゴミが捨てられるゴミの山(2010年まで存在)などを訪れた。
義足センターで義足を付けて歩く人の姿や強烈な悪臭のするゴミの山で働いている子供たち、キリングフィールドやトゥールスレーンでポルポト派による拷問の現場や殺された人々の写真などを自分の目で見た参加者たちは一様にショックを受け、「悪魔の兵器」といわれる地雷の残忍さに震える。

すべては「人」
これだけでも、ツアー参加者は想像を超える体験をしたことになるのだが、大谷さんは、もっと深くカンボジアを知ってもらうために、自分自身の知識と体験を増やさなければいけないと考え、ツアーとは別にカメラマンと2人でカンボジアを何度も訪れる。地雷原の地雷撤去活動に従事する団体を訪れたり、地雷被害者を支援する団体、施設を直接訪問し責任者との関係を築いていく。「すべては人間関係が力になる」と、持ち前の人懐っこさで相手の懐に入ってしまう。その行動力たるや「すさまじい」のひと言に尽きる。
そうやって、自ら開拓したルートを次のスタディツアーのコースに組み込んでいくから確実にツアーの内容が充実する。今の地雷原での地雷撤去体験などもこうした一個人として人間関係を築いた成果である。スタディツアーの充実は、結果として日本国内の拠点拡充につながった。ツアーに参加した人たちの中からCMCの活動を支援したいと思う人が現れ活動を広げてくれたのだ。スタディツアー以外でもカンボジアにおける地雷被害の現状や貧困の実態、戦争の悲惨さなどを伝えるため全国の小学校や中学校、企業団体などで精力的に講演活動を行った。その数、1,500回にも及んだ。併せてチャリティー活動などにも力を入れるなど、まさに人生をかけた活動は多くの人を動かした。
地雷撤去を支援する活動を続けたこともあり、カンボジア国内に埋められている地雷の数は確実に減った。地雷被害者の数も年々減少している。大谷さんとCMCの活動が確実に効果を上げたのだ。


「契約書が読めずに土地を奪われた」
次に大谷さんは、目標の1つでもあった学校建設に取り組むことになる。学校を作ったのは、こちらから働きかけたというよりも、現地の人たちに寄り添った結果始まったものである。大谷さんは、カメラマンと2人で地雷被害の深刻な地域であるバッタンバンの地雷原に足を運ぶようになったある日、現場からの帰りに副責任者から、「地雷撤去は大事なことだが、撤去した後の土地を村人がどうしたいと考えているのかを理解しなければいけない。だから、地雷原に住んでいる村人の意見を聞いて欲しい」と頼まれた。
さっそく、クバルムース村で住人を集めて村民集会を開いてもらうと、村人から「農地にしたい」、「牧草を植えたい」などいろんな意見がでた。最も多かったのは、「学校を作って欲しい」という声だった。度重なる戦争や内乱、ポルポト派による国民の大量虐殺などによって国が荒廃。虐殺された人の中には、医師や学者、教師といった知識層も多く、そのため国民が教育を受ける機会を奪われた。クバルムース村の人たちの多くは教育を受けることができなかったために、話すことはできるが文字が読めない。文字が読めないばかりに、契約書の内容が分からないままサインして自分の土地を奪われた人もいた。だから、「子供には我々のような思いをさせたくないし、これからいろんな仕事をするためにも学校で教育を受けさせたい」と訴えてきた。
村人たちの思いを正面から受け止めはしたが、学校をつくるためには資金が要る。学校建設以前に干ばつで作物が育たず食べ物がないなど、緊急性の高い問題が頻発する。その都度、米が足りない時はタイで米を買いつけてトラックで届けるなどして命をつなぐための支援に奔走することも度々だった。
そのような事情もあって、いつ実現できるか分からないもどかしさを抱え帰国した大谷さんは、福岡で記者会見を開いてカンボジアの窮状を説明し、教育のために学校が必要であると訴えた。そのニュースは全国を駆け巡り多くの人を動かした。福島県で寺の住職を務める安倍さんは、新聞で知った1人だ。「自分は老いてきたから、最後に良いことをしたい。カンボジアの地雷原に学校を作るという話が本当なら寄付をしたい」という電話をかけた翌日、安倍さんは300万円を大谷さんに託した。安倍さんの思いを受け取った大谷さんは、学校を建てることを決意する。200万円程たりなかったが、ニュースを知った全国の人たちから寄付が寄せられた。講演で訪れた小学校や中学校の生徒たちも募金活動でお金を集めてくれた。こうした多くの人たちの助けのおかげで、最初の小学校を建設するメドがたった。
貧しい地域にこそ学校が必要
学校の建設地は、バッタンバン州モールセイ郡モーン地区の地雷原の中にあるポップイ村に決まった。しかし、村の道は整備されておらず普通の車ではとても通れない。バイクと四輪駆動車でやっと入れるようなところだ。トラックに瓦やレンガを積んで運ぶと途中で割れてしまうので、屋根はトタン張りでレンガは建設現場で焼いた。そうやって、日本の支援者と現地の村人の協力によって2004年、ようやく小学校が完成した。しかし、学校建設のきっかけをつくってくれた安倍さんは学校の完成をみることなく病でこの世を去っていた。大谷さんは、最大の功労者である安倍さんの名前を冠して「CMCポップイ安倍小学校」と名付けた。
CMCは、最初の「CMCポップイ安倍小学校」からこれまでに、小学校と中学校を合せて七つの学校を建てた。民間団体による学校の建設は、発展途上にある国々で進められているが、その多くが都市部につくられる。しかし、CMCは、都市部ではなく地方の地雷原をはじめ、インフラの整備が遅れ国の経済成長から取り残されているような地方にこそ学校が必要であるとの信念の下、あくまでも貧しい農村部につくり続けている。だからこそ、「CMCポップイ安倍小学校」はじめ、これまで七つもの学校を建てるために企業や団体、個人が資金を提供してくれたのであろう。今では、CMCの活動が評価され、建てた学校は公立学校としてカンボジア政府から認められている。CMCの活動は国を動かしたのである。



経済交流までも支援
大谷さんが1人で始めた活動は日本やカンボジアで支援者の輪を広げ、地雷撤去支援から地雷被害者や貧困に苦しむ子供の学びの場である学校建設、併せて、地雷被害者やエイズ感染者の実態調査とそれに伴う医療や食料、生活支援など大きな成果を上げた。
こうした苦しい境遇に置かれた人たちを支援するには、物だけでなく心の支えも必要だと考え、2005年2月にカンボジアでラジオ番組「ボイス・オブ・ハート」を立ち上げた。地雷被害者やエイズ患者の悲しみや苦しみを和らげ、生きる力を与えるとともに、弱い立場に置かれている人たちの窮状を訴え、カンボジア国内で偏見や差別を減らすことを目指した。このラジオ番組の立ち上げも企画からスポンサー集め、運営まで現地で活動する駐在員はじめ自分たちで作り上げた。放送が始まると、地雷被害者やその家族、エイズ感染で苦しむ人たちから「勇気づけられた」など、たくさんの声が寄せられた。「ボイス・オブ・ハート」は、なくてはならない番組としてコロナで放送中止に追い込まれる2002年まで続いた。

「ボイス・オブ・ハート」。
カンボジアでの大谷さんとCMCの存在感はどんどん大きくなった。国もカンボジアのために働く日本人を信頼するようになる。ある時、大谷さんはカンボジア大使から、「成長しているカンボジアのために日本の製品や技術、指導者が欲しい。NGOの仕事に加え、経済関係の視察やカンボジアへの投資に日本企業が興味を持ってくれるよう、団体をつくって欲しい」と依頼される。
福岡に戻り商工会議所や貿易会、新聞社、出来たばかりの領事館、地元財界などにも働きかけて2013年(平成25)4月、「西日本・カンボジア友好協会」を立ち上げ、自らは事務局長として現場を取り仕切った。同協会は、日本企業のカンボジアへの視察やビジネス交流などを通してカンボジアに対する日本企業の投資を後押しするなど、経済面でカンボジアを支援してきた。
大谷さんは今年8月、創設以来務めたCMCの理事長職を退き後任の曽和英徳新理事長に運営を託す。今後については、「カンボジアのためにできる事は続け、CMCの活動を支えていきます。これからも私の行動は全てカンボジアの苦しい立場に置かれている人たちのために」と断言する大谷さんの情熱が衰えることはなさそうだ。

それにしても、たった1人の人間が、こんなにも多くの人や企業、団体を巻き込む力を発揮しているということに対して驚きをかくせない。「たった1人でよく立ち上げましたね」との問に「仲間や支援者が増えたらとか、条件が整ったらとか言っていたら、いつまでたっても何も出来ません。強い思いとやる気があれば、1人でもできます」と即答する大谷さんの生き方に、こちら側の生き方や覚悟を問われると同時に公器である企業を率いる経営者に求められる資質を見た気がした。
世界中で紛争が絶えない今日、公の利益を考えるのも経営者としての務めであろう。大谷さんの意志が、広がることを願っているし、その先に平和の道がつながっているように思えてならない。
法人概要
名 称 一般財団法人カンボジア地雷撤去キャンペーン
住 所 福岡市早良区西新1-7-10-702
理 事 長 曽和英徳
創 立 1998年(平成10)5月
事業内容 カンボジアにおける地雷撤去支援、教育支援、経済支援など
URL https://cmc-net.jp/
Trend&News Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.168(2025年6月号)
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