経営者の知恵を後継者に残すことで100年企業の基礎を築きませんか

がん患者が働きやすい社会を目指し医療用リユースウィッグを3000人に提供

Trend&News

Trend&News NPO法人ウィッグリング・ジャパン

日本人の死因のトップであるがんの治療では副作用として髪の毛が抜けることがある。そのための医療用ウィッグも開発され種類も豊富ではあるが、治療費に加えて薬代も必要になる。その上、ウィッグの購入となると、かかる費用負担は決して軽くはない。NPO法人ウィッグリング・ジャパン代表の上田あい子さんは、医療用のリユースウィッグをレンタルする事業を立ち上げ、これまでに約3000人もの患者にウィッグを提供してきた。現在は、「女性が幸せになる社会の実現」を目指し、健康経営のための研修や啓発活動にも力を注いでいる。

NPO法人ウィッグリング・ジャパンの代表理事を務める上田あい子さん。上田さんは、P&Cプランニングの
代表も務めている。

がん患者を支える医療用ウィッグ

日本は長寿大国である一方、死因の24%超ががんという「がん大国」ともいわれる。がんの罹患は、細胞の老化に伴う免疫力の低下とも関係がある。日本全体が高齢化しているわけだから、がんの発症リスクが高まるのもある意味必然と言えるだろう。実際、がんの罹患数を見ると2024年(令和6)は97万人超を数え、今後も増加が見込まれている。
近年は、医療技術の進歩で治癒率並びに手術や治療後の生存率も高まっている。種類や進行具合にもよるが、がんは治療によって抑えられるようになったという認識が広がっている。しかし、がんが見つかれば放射線治療や抗がん剤の服用が必要な場合もあり、その副作用で体調不良や脱毛などで苦しむ人も大勢いる。脱毛がはじまると、外出や人と会うことを避け、職場への復帰に大きなストレスを感じる人も多いという。

そのような悩みを抱える人、特に女性にとって医療用のウィッグは、機能面だけでなく気持ちの面でも支えとなる大切なアイテムである。髪型などバリエーションも豊富になったことで多くの人が利用するようになったが、経済的負担を伴うことから誰もが使えるわけではないようだ。がんの治療には高額な支出を要することがある。景気の先行きが見通せない、どちらかというと右肩下がりの経済環境のなかで、特に仕事を休み、あるいは辞めたことで当面の収入が目減りするような状況に置かれれば、治療費の負担に加えてウィッグの費用を捻出することに抵抗を感じる人もいるだろう。
こうした悩みを抱える女性たちのために、高品質の医療用リユースウィッグのレンタル事業のパイオニアとして女性から高い支持を集めているのが、福岡市中央区のNPO法人ウィッグリング・ジャパンである。現在、5000個超のリユースウィッグを取り扱っている。代表理事を務める上田あい子さんは、「女性がん患者さんが治療中にストレスを感じる外見のケアをサポートすることで心のケアもできれば」と語る。

毎日のように届けられるウィッグは、累計10,000個を超えた。

女性対象のコミュニティに1000人が参加

医療用ウィッグのレンタル事業を始めたのは2010年(平成22)だが、なぜ、がんの経験がない上田さんがこの活動をはじめたのであろうか。上田さんは大学卒業後、1997年(平成9)4月、地元のテレビ局に入った。番組制作に携わりキャリアを積んでいたのだが、その間、結婚して出産を経験する。同僚の中では早くから家庭と仕事の両立のために奮闘する毎日を送っていた。
当時の職場は、日本の多くの企業がそうであったように、男性中心社会であった。女性が子育てをしながら働くことについて、今よりもずっと意識が低く環境も整っていなかった。上田さんは、無理を重ねストレスから次第に体調を崩し、大病を患い入院を余儀なくされた。退院後、職場復帰を果たすが2007(平成19)年に退社、同年7月にはP&Cプランニングを設立し、映像編集や女性の活動を支援する活動を始める。

その基礎となったのが、2005年(平成17)11月に結成した女性コミュニティ「チアーズ」である。上田さんはテレビ局に在籍していた頃、SNSの走りであったミクシィで、様々な業界の人と交流を図るようになった。「当時、仕事と子育てに疲弊していた時期でしたが、ネットで年上のお母さんや第一線で働いてる人たちと交流し、時にはアドバイスをもらい私自身が感じていた孤独感が和らいでいくのを感じた」という。ミクシィでの様々な立場の人との交流が、その後の活動のきっかけとなった。同世代、あるいは、下の世代の女性が仕事と子育ての二者択一で悩む時に幾つもの選択肢を提示できるサポートができればと考えリアル版の交流会を始めるようになった。

スタート当初は、メディア業界や企業の広報担当者、派遣会社に登録している派遣スタッフなどが集まった。それぞれが所属する会社の制度、職場環境などについての情報交換や今では当たり前になった有給休暇取得、ハラスメント対策などについても、気兼ねなく相談できる場となっていた。子育てや家庭と仕事の両立などについてもアドバイスし合うような相互に助け合う関係もできるようになった。子供を育てながら仕事を続けていた上田さん自身も随分救われたという。
そのうち、自然発生的に勉強会を週に一回のペースで開催するようになる。メンバーは、料理やフラワーアレンジメント、ワインの専門家など得意分野を持つ人、起業を志す人など多彩だったので、メンバー同士が講師と生徒になって教え合うという場に発展した。勉強会を兼ねた交流会を週1回10~15人程度集まって開催しながら、月に1度のペースで30~50人規模での交流会も開催するようになる。「はじめは同世代の社会人で集まっていましたが、女性限定の集まりという安心感もあったと思います。気に入った人がいろんな人を連れてくるようになり、学生や主婦も参加していました。活気があって楽しかった」と当時を振り返る。そうやって、チアーズの原形ができて、活動を始めてわずか2、3年でメンバーが1000人に達する程の人気を集めた。

きっかけは、がん治療をはじめた友人のため

上田さんが、がん患者と向き合うようになったのは2009年(平成21)2月に友人のがんが見つかったからだ。それで、チアーズのメンバーのなかに、以前、がんの治療を経験した年上の女性がいたので、直接あって彼女のウィッグを貸してもらい治療をはじめた友人に渡した。余計な世話を焼いて、友人は気を悪くするかもしれない。似合うのか似合わないのか、被り方すら分からない。不安を覚えながらも、行動せずにはいられなかった。「本当に余計なお世話なんだけど、以前がん治療をしていて、今は元気になった方から借りてきたから、もし必要ならどうぞ」と言って手渡した。すると、友人は、「すごく救われた。頑張って元気になって、これを返そうという気持ちになった」と喜んでくれた。最初は、友人へ役に立てればとの思いからの行動だったが、「他にも悩んでいる女性がいるなら、このような活動は必要」だと考えるようになった。

そんな時、「カリスマがん患者(以後、カリスマ)」と呼ばれている女性を紹介される。闘病生活をつづけながら子供を育てた経験を持つ女性で、自身の経験を講演で話し患者を励ます活動を精力的にこなす姿はまさにカリスマという存在だった。出逢いは、上田さんに大きな影響を与えた。「医療番組を担当した経験や体を壊して会社をやめた経験があるので、自分だからできる事をして女性や社会の役に立ちたいと思っていた頃だった」から、カリスマの存在は上田さんの考えを後押しする力になった。上田さんは、新しい使命を見つけ、そして動き始めた。

わずか3ケ月で100個のウィッグが届けられた

カリスマから、「100個集めてみらんね。みんな、捨てずに持っていると思うから」とアドバイスを受けた。しかし、上田さんは1つで20万円、30万円もする高価なものを提供してくれる人がいるのか。また、人が使ったものを今から闘病する人が使うのか。そんな不安を抱えていたが、とにかく「やってみないと分からない」と背中を押された。
半信半疑で始めた活動だったが、興味を持った地元の新聞社が夕刊に記事を掲載してくれた。すると、掲載翌日から反響があり次々とウィッグが送られてくる。わずか3ヶ月で目標の100個が集まった。2010年(平成22)の7月のことである。「待ってる人がいるから、約束通り始めよう」と現NPOの前身となるウィッグリング・ジャパンを発足しリユースウィッグのレンタル事業を本格的にはじめた。
カリスマは病院や患者会、講演会で情報を発信し、上田さんはメディア関係やメディア時代から付き合いのある医師に対して情報を発信する二人三脚で活動した。二人の活動は話題を呼び、テレビや新聞、雑誌で何度も取り上げられた。全国放送やネットニュースでも報じられ、人々の関心を集めた。

リユースウィッグといってもデザインや大きさなどが異なるため、希望に沿うものを提供するためには、試着が必要であると考えた。体調や距離などいろいろな理由で、上田さんの事務所に訪ねてくることができない人も多い。そこで、事務所以外でもウィッグを試着できる環境を整えた。試着する方法は2通り。1つ目は、提携しているサロンで試着する方法である。提携サロンの担当美容師は、ウィッグのカットからメンテナンスなどの技術面にとどまらず、「がんに関する基礎知識」、「お客様とのコミュニケーションマナー」など患者に寄り添ったサービスを提供できるよう、サポーター養成講座を受講して、必要な知識を身に付けているから患者も安心して任せられる。もう1つは自宅での試着を希望する人に事務局から3点ほどのウィッグを送り試着してもらう方法である。こうやって、自分にあったウィッグを使うことができるよう気を配っている。

事務所に送られてくるウィッグは途絶えることなく、既に約1万個が集まった。その中から状態の良いものを精査し、現在約5000個を保有している。こうして集まったリユースウィッグを利用した患者は、延べ3000人を超えた。
民間団体がこれだけの実績を残せば行政も関心を示す。福岡県も上田さんたちの活動を支持するようになる。福岡県からの勧めもあって2011年(平成23)7月、任意団体から女性がん患者支援団体NPO法人ウィッグリング・ジャパンを設立するに至った。
社会貢献によって認知度も高まったが、団体の活動を続けるためには資金も必要である。当初、リユースウィッグを無料でレンタルしていたが、現在は有料化している。購入を希望する人には販売も行うようになった。購入する場合は、助成金を活用できるようになったため患者の負担も少なくてすむという。

医療セミナーや啓発セミナーなども開催している(写真上段)。
中段、下段の写真は、今年2月に2度のがんを経験したタレントの原千晶さんを招いて
開催した講演会に携わった関係者との集合写真。前列の左から2番目が原千晶さん。

女性が活躍できる社会づくりに貢献したい

リユースウィッグのレンタル・販売でがん患者のサポートを行うと共に、患者が社会で働くことができる環境づくりにも取り組んでいる。医療情報メディア「チアーズビューティー」で情報を発信、セミナーやがん経験者が活躍する職場づくりのための啓発活動にも力を入れている。オンラインでカウンセリングを提供する「チアーズ保健室」もその1つだ。子供の頃は、学校に保健室があって体調が悪いときはそこに駆け込むことができた。しかし、社会に出ると大人のための保健室はなく、会社や社会のなかで孤立する大人が大勢いる。だから、上田さんは社会人のための保健室を開設したのだ。「私自身、がんの経験がなく治療にかかる大変さや仕事をする難しさについて、患者さんと同じ感覚を持てないこともありますから、関わることにためらいも覚えました。しかし、これまでの活動を通して、分からない部分があっても当事者と社会との懸け橋となることはできると確信していますし、そうありたいと願っています。これからも未来を作る女性を幸せにする、女性の活躍を応援する活動を続けていきたいですね。その先にみんなが働きやすい、生きやすい社会があると考えていますから」と語る言葉には強い使命感が宿っているように感じた。

自分の使命に気づくことができる人は、ある意味幸せであろう。上田さんは、がん患者と向き合い役に立とうと決めた時から、何かに導かれるようにリユースウィッグのレンタルという新しい事業を作り上げてきた。今回の取材では、一人の思いが企業や社会を動かす力を持っていることを実感することができた。女性のがん患者を支援する上田さんの活動が全国に広がり、さらに多くの患者を支える力になることを期待したい。

会社概要

名  称 NPO法人ウィッグリング・ジャパン
住  所 福岡市中央区天神2-3-10 天神パインクレスト923
設  立 2011年7月(創業:2010年7月)
事業内容 リユースウィッグのレンタル・販売、メディア事業、イベント企画など
URL   ●ウィッグリング・ジャパン
      https://wig-ring.info/
     ●女性の不調に寄りそう医療情報メディアチアーズビューティー
      https://cheers-beauty.jp/

Trend&News  Bis・Navi(ビス・ナビ) Vol.165(2025年3月号)

➤  他の「Trend&News」の記事を読む

「Bis・Navi」定期購読のご案内

「Bis・Navi(ビジネス・ナビゲーター)」は、書店では販売しておりません。確実に皆様にお読みいただくために毎月、弊社より直接郵送にて情報誌を送らせていただきます。この機会に是非、お読みくださいますようご案内申し上げます。
  <定期購読料>
     5,500円(消費税込み)
     ※1年分12冊をお送りします
     ※送料は上記料金に含みます

定期購読に関する詳細はこちらをお読みください。⇒「購読のご案内」

画像は2024年8月号です

コメント

タイトルとURLをコピーしました