エッセー 神社訪ねある記 ■箱嶌 成風
柏手(かしわで)に 森のしずくの 木の実落つ

朝から秋晴れの清々しい日だった。宇野さんの車で古賀のインターを降り国道35号二日市太宰府線を南下。下山田南の交差点を左折、道なりに苅田の中を走る。さらに、猪野交差点を左折、突如20メートルはあろうか白い巨大な鳥居が突っ立て見えた。見慣れた反りのあるスタイルではなく2本柱に真っ直ぐな笠木と横木の貫(ぬき)が渡してある。天照大神を祀る神明鳥居(しんめいとりい)と言うらしい。伊勢神宮がこの形である。一の大鳥居を潜ると猪野の町に入った。幅1メートルほどの側溝に澄んだ水が豊かに音もなく早いスピードで流れている。
「大きな錦鯉がうようよ泳いでいますよ」宇野さんに言われて目をやると、秋水に磨かれ真っ白な肌に緋色と黒を鮮やかに浮き立たせた大鯉がゆうゆうと泳いでいる。町の人たちに大切に飼われているのだろう、なにかあたたかさを感じた。直ぐ先の「五十鈴橋」と銘打った丹塗りの欄干の下に猪野川が流れていた。紅葉しかけた岸の木々の下を瀬音を立て2つに分かれて流れている。橋の直ぐ脇に広い藤棚のある神社の駐車場に着いた。


標高330メートルの遠見岳の山並みが臥牛のように連なる山の登山口に「県社天照皇大神宮」と彫った石碑が建っていた。山を仰ぎ見ながら真っ直ぐ急な石の階段を登って社務所に出る。毎月、1日と15日に開けておりますと案内が窓に貼られ、無人であった。直ぐ右手に岩の洞窟があり糸のような滝水が落ちている。天の岩屋を連想した。
石の太鼓橋を渡って結界(けっかい)に入る。人気はなかった。巨大な杉並木と広葉樹の茂みの中にまた急な階段があり、その上にご本殿を仰ぎ見た。足弱(あしよわ)の老人にはきつい試練である。ひやりと冷たさを掴みながら鉄の支柱を頼りに登った。天照大神(あまてらすおおみかみ)様と手力雄神、萬幡千々姫命が祀ってあった。境内の神社の由来書を見ると、仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の熊襲退治そして神功皇后の三韓遠征の記紀の歴史が書いてあった。九州の神社を巡ると必ずお会いする天皇、皇后様である。神功皇后がこの山の頂上から四方を見渡し玄界灘の波間の朝鮮半島を睨らまれ戦勝を祈願されたと言うが、史実ならこの時皇后は後の応神天皇を身ごもられた身体でけわしい山道をよくも登られたものだと感心する。



室町時代末期、都にあって大御神に仕えていた豊丹生(ぶにゅう)佐渡守と言う方が神事の争いごとに敗れ、英彦山の麓に追いやられていたようである。あるとき、子息の兵庫太夫が「汝、我を連れて筑前の国糟屋郡猪野と言うところに移るべし」とのご神託を受けて、猪野に来てお宮を建て奉仕するようになったと案内書に記してある。現在は豊丹生康仁宮司が19代目を務めておられる。戦国期この地は豊後の太守大友家が領しており、直ぐ近くの立花山に家臣の立花道雪が城を構えていたが、道雪の死後、天正14年(1586)北上した薩摩の軍勢がこの辺を荒らし回った。戦乱では攻め寄せた雑兵達が民家に押し入り金品を略奪し、逃げ遅れた住民は拉致され人買い達に売られた。多くがポルトガル船に積まれて海外に奴隷として売られていった。この時、博多の町も島津軍の乱取りに会い、焼き払われ豊臣秀吉が島津を制圧し博多を復興するまでは焼け野が原だった。伊野神社も兵火にかかり記録古文書全て灰燼に帰してしまった。神宝の「神鉾(かみほこ)」も島津兵に奪われたが平成3年に405年もの長旅の末に複製されて神社に戻ったと記されている。その後、筑前の国を領した黒田家が伊野神社の再建に尽力し、3代光之公が伊勢神宮に模して神社を造営された。糸島の櫻井神社も2代の忠之公が伊勢神宮を手本に造営に関わり、「西のお伊勢は櫻井神社、東のお伊勢は伊野神社」と人々に親しまれてきた。伊勢神宮に習って20年に1度式年遷宮が行われており次は2027年になるようである。


猪野川を隔て神社の右隣りに水取宮という水神様が祀ってある。境内に樹高23.3、周囲4.6mもの巨大な男前の銀杏の木が静かに黄落の時を待っている。片隅に土俵があった。相撲神事も行われているのだろう。町外れに「湊部屋」の相撲幟(すもうのぼり)がはためいていた。年納めの九州場所がもう始まる。1年は早いなあと思いながら帰路についた。

伊野天照皇大神宮
住 所 福岡県糟屋郡久山町大字猪野604
御崇神 天照大神(アマテラスオオミカミ)
天手力雄命(アメノタヂカラオノミコト)
万幡千々姫命(ヨロズハタチヂヒメノミコト)
URL https://inojinja.jp/
神社訪ねある記 Bis・Navi(ビス・ナビ)Vol.162(2024年12月号)

著者:箱嶌八郎(成風) 氏
有限会社タオコーポレーション・風水家相タオ設計工房主宰。
福岡市生まれ。当仁小、中学、修猷館高、早大卒。
西日本新聞TNC文化サークル・風水教室講師・もの書き屋・エッセイスト。
・第23回森鴎外記念北九州市自分史 文学賞
・第50回福岡市文学賞
・第3回子母沢寛文学賞「愛猿記賞」 等々大賞受賞。
著作:「されど風水」あり。

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